「一般的に借金のカタは、眉唾モノが多いですね。しかしオークション会社は鑑定機関ではないので、ニセモノであっても、そうは言いません。『これはウチではお取り扱いできません』とお伝えするだけです」

 世界最古のオークションハウス「サザビーズ」の日本法人代表取締役社長を3年前まで務め、『巨大アートビジネスの裏側 誰がムンクの「叫び」を96億円で落札したのか』(文春新書)を著した石坂泰章さんはこう語る。経験豊富な石坂さんをもってしても驚きを禁じ得なかった超弩級の贋作事件の首魁が、2000年にFBI(米国連邦捜査局)が逮捕した、イライ・サカイだ。日本人を妻に持つこのユダヤ系イラン人画商は、世界中の画商らを手玉に取って美術品詐欺を繰り広げた。シャガール、ルノアール、ゴーギャン、モネ。米国内の自宅にロシア系や中国系の贋作作家を集団で住まわせて、超一流画家たちの贋作を製作させては売りさばいた。キャンバスの側面の油の垂れ方に至るまでまねるなど、精巧な作品ぞろいだったという。

●真贋鑑定には人間の目

「実際にオークションで本物を落札して、それをもとに作った精巧な贋作に本物の鑑定書を付けて、まずはなるべく長い間市場に出さないような企業等に売ります。次に落札したホンモノの作品は、オークションで売ります。この時の鑑定書は『紛失した』と言って再発行したものを使います」(石坂さん)

 一粒で二度おいしい。しかし、結果的にこの強欲さが裏目に出た。2大オークション会社のサザビーズとクリスティーズに同時期に、同じ作家の同じ作品が出品されかけたことがあり、犯行が発覚した。この事件を契機に、鑑定書は紛失を理由に再発行することは原則としてなくなったという。サザビーズではこの事件の捜査を指揮した女性検事を後に法務のトップに迎え入れ、現在ではコンプライアンス担当の役員を務めている。石坂さんもサザビーズ在職中に講演で日本に招いたことがある。

 では、こうした「本気」の贋作を見破るためには、科学鑑定に頼らざるを得ないのだろうか。

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