稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。元朝日新聞記者。著書に『魂の退社』(東洋経済新報社)など。電気代月150円生活がもたらした革命を記した魂の新刊『寂しい生活』(同)も刊行
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。元朝日新聞記者。著書に『魂の退社』(東洋経済新報社)など。電気代月150円生活がもたらした革命を記した魂の新刊『寂しい生活』(同)も刊行

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

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 会社を辞めて一番意外だったのは、一人になっちゃうんじゃないかという予想に反して、むしろ人と出会う機会が増えたこと。会社員時代もいろんな人に出会ってたわけですが、それは仕事上の必要に応じてのことで。でも今は何せヒマだから、面白い人がいると聞くと無責任に会いに行く。で、話をするとみんないろいろすごいんだ。私って全然まだまだじゃないと思うと意味なくやる気が出る。

 で、最近「まだまだ」と痛感させられるのが、私には旅をする力が全然ないということなのでした。

 というのも「面白い人」の多くが、若いころバックパッカーだったんだと楽しそうに話すのです。少ないお金で、勇気を力に、つまらぬプライドを捨て、初めて出会う人と真剣に渡り合い、騙されてもへこたれず、だからこそ親切に涙する……。いやー、そんな体験をした人としていない人には、深いところで差があるように思えてなりません。何よりそれって、これから待ち受ける老後という冒険を元気に生き抜くためにすごく必要なスキルなんじゃないか。

 で、私。そんな体験全くなし。「いい学校、いい会社」のレールに乗ることしか考えてこなかったから、旅そのものすらほとんどしていない。だめじゃん私。多少の体力があるうちに私もバックパッカーっぽいことをしておくべきなんじゃと焦るものの、いきなり見知らぬ国へ飛び出す勇気もなく、まずは千里の道も一歩からと始めたのが、地方へ行く時はゲストハウスに泊まることなのでした。

 ささやかすぎる冒険ではありますが、たいがいわかりにくいところにあるので辿り着くだけでも人に聞かなきゃいけないし、見知らぬ人と同じ部屋に寝るだけでドキドキだし、ボサボサ頭のままトイレや洗面所でイケメンの若者と鉢合わせするのも気後れが。でもそこでにっこり挨拶をすると、向こうもにっこりしてホッとしたりするわけです。

 バックパッカーへの道はあまりに遠い。でもまあいいの。挑戦することに意義がある。次はお遍路か?

AERA 2017年9月18日号

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稲垣えみ子

稲垣えみ子

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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