稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。元朝日新聞記者。著書に『魂の退社』(東洋経済新報社)など。電気代月150円生活がもたらした革命を記した魂の新刊『寂しい生活』(同)も刊行
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。元朝日新聞記者。著書に『魂の退社』(東洋経済新報社)など。電気代月150円生活がもたらした革命を記した魂の新刊『寂しい生活』(同)も刊行

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

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 先日、島根県の出西窯へ行ってきました。3度目の訪問です。会社員時代に仕事に行き詰まった時、繰り返し読んだのがこの窯の成り立ちを紹介した本『出西窯』でした。以来、どうにもこの場所に惹きつけられるのです。

 そもそもは「素人の共同体」という不思議な窯の歴史を知りたくて読み始めたのですが、すぐに創始者の一人である陶工による波瀾万丈の語りに圧倒されてしまいました。というのも、伝統も資金もないところからの出発ですから大変な危機が度々訪れるのですが、それがなんとも明るく軽やかに語られるのです。

 で、かたや大きな組織に守られている私は全然軽やかじゃなかった。叱責に怯え、しかし能力不足はいかんともしがたく、人を恨み組織を恨み心はいつもガッサガサ。

 この差はいったい何なのか。

 一番心に突き刺さったのが、彼らが頼りとした大先輩のセリフです。「仕事に喜びがなくなったら大問題だよ」

 仕事が喜び!

 もしそうならどんなに素晴らしいか。しかし現実はそう綺麗には割り切れない。望んで就いた仕事でも組織で働けば無理と我慢の連続です。なぜそうなってしまうのか。

 会社を辞めた今、そのからくりが少しはわかるようになりました。会社で働いているといつしか、働く時間はお金を稼ぐための我慢の時間になっている。でも本当はそんなふうに人生の時間を分けなくたっていいはずです。むかし世の中が小さな共同体の集まりだったとき、働くとは単純に人の役に立つことだった。役に立つことは楽しい。だから仕事は本来喜びなのです。

 少なくとも会社を辞めた今ならそんな「仕事」ができるはず。でもやはり迷ってばかりなのでした。自分の役割って何だろう。人の役に立つって何だろうと。本によると、陶工たちは決して名を立てず無名の職人として生きることに光を見いだしたとある。深いです。自分のためでなく人のために。著者の多々納弘光さんは6月に90歳で亡くなられました。心よりご冥福をお祈りします。

AERA 2017年9月11日号

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稲垣えみ子

稲垣えみ子

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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