86年のチェルノブイリ原発事故以降、反核運動は反原発の色合いを強めていったため、大手電機メーカーの資本が入っているレコード会社やマスメディアとはたびたび衝突することになった。たとえば「COVERS」というアルバムを東芝EMIに発売中止にされたRCサクセションの忌野清志郎が、タイマーズという覆面バンドで反原発ソングのレパートリーを演奏したことは、そのこと自体がエンターテインメントとして大きな話題となった。反原発運動において今でも忌野がアイコンとなっているのは、これに由来する。もちろん、レコード会社や放送局といった企業側はともかく、リスナーの側がこれらを「政治的である」と批判するようなことは、考えられなかった。

 しかし今の日本では、多くのミュージシャンやアーティスト、サブカルチャーの担い手は、沈黙を守っている。本稿では音楽に絞って論じているが、だいたいどの分野においても似たような傾向にある。

●風営法で動いたクラバーとストーンウォールの記憶

 日本を代表するDJのひとり、EMMAは言う。

「SNSの公式アカウントでイベントをPRする、でもそれだけでいいのかと。今日は誰と共演した、何を食べたといって写真をアップするのに、政治のことだけは言わない。やっぱりそれは不自然だと思うんですよ。ほんとの気持ちを言ってない」

 SNSの隆盛は、ミュージシャンやアーティストが気軽に直接的にファンや世の中に向けて情報を発信することを可能にした。しかしそれは同時に、下手なことを書くとすぐさま「炎上」してしまうということも意味した。そうなると事務所もいい顔をしないし、ファンの反応も気になる。

 しかしEMMAは、ちょっと鬱陶しいぐらい口うるさく、社会問題について発信しつづけている。しかも彼が語りかける対象の多くは、同業者であるDJやクラブ周辺の業界人たちだ。

「仲間たちのLINEとかで共謀罪のことを書いたりしても、みんな全然ピンと来ない感じなんですよね……」

 もともとクラブカルチャーは夜遊び人の集まりというイメージがあるが、実際にはこの数年にわたって政治に大きくかかわってきた、あるいはかかわらざるをえなかった業界でもある。風営法のグレーゾーンで営業してきたクラブへの警察の取り締まりが2011年頃から突然厳しくなり、それを受けて風営法の改正運動が関係者によって取り組まれたからだ。その成果が、昨年施行された改正風営法である。

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