コンピューターではなく、人の顔を見せることでヒットにつながった。声優の声を合成したかわいらしい歌声で、予想を上回るヒットになったのが、クリプトン・フューチャー・メディアが開発した、あの「初音ミク」だ。キャラクターも人気になり、3DのCGキャラクターがボカロの歌声で熱唱する「ライブ」に若者が詰めかけて熱狂する。そんなSFのような光景が一種の社会現象として認知され、今や当たり前感すら漂う。

 作曲の領域に乗り出したAIも、こうしたボカロのように、“人間とテクノロジーの共生”を具現化するものになるのか。脳科学者で、音楽全般に造詣の深い東京大学薬学部教授の池谷裕二氏(47)はこう見る。

「今の人間には理解できないけど、少し見方を変えれば人間の脳でも辛うじて理解ができるスレスレの境界領域の曲を、AIが構築できるかどうかがポイント。ボカロのように一瞬で受け入れられるレベルでなく、10年先、50年先を見据えたような作曲ですね」

 そしてAIの脅威として話題に上りがちなシンギュラリティ(人間の能力を超えることで起こる出来事)をこう例える。

「知能が逆転して人間がAIに支配されてしまうという懸念がいかに無意味かは、作曲を引き合いに出すと簡単に説明できます。AIが人間の好みに合わせず自分のルールに従って成長していけば、あっという間に『使えない』産物になるからです」

●境界領域の曲は「可能」

 どういうことか。AIがビッグデータを分析して作曲する仕組みはGAN(敵対的生成ネットワーク)というシステムを利用している。創造するAIと、アラ探しをして突っ込みを入れるAIを組み合わせたものだ。

「一方は膨大なデータから乱数生成で超クリエーティブな曲を出す。それを人間の好みを熟知させたもう一方のAIが『そんなの人間は理解できないよ』ってダメ出しをする。曲としてポンと出すのは『これは人間が好きな曲だ』と認定されたものだけ。それをAIのルールだけで、人間の好みを無視して作った曲は、人には理解不能なノイズとなるはずです」

 それを乗り越え、何十年も先の人間に受け入れられる“境界領域の名曲”とやらを、AIが編み出すことは可能なのか。

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