清武英利(きよたけ・ひでとし)1950年、宮崎県生まれ。立命館大学卒。読売新聞社会部記者を経てノンフィクション作家。著書に『しんがり 山一證券 最後の12人』など(撮影/写真部・小原雄輝)
清武英利(きよたけ・ひでとし)1950年、宮崎県生まれ。立命館大学卒。読売新聞社会部記者を経てノンフィクション作家。著書に『しんがり 山一證券 最後の12人』など(撮影/写真部・小原雄輝)

「見えない犯罪」を追う二課。名もなき刑事たちが投じた石礫。『石つぶて 警視庁 二課刑事の残したもの』の著者である清武英利がAERAインタビューに答えた。

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<二課の先輩は「涜職刑事(※「涜」は正しくは、左がさんずいで、右が「士」に「四」に「貝」)」と自分たちを評していた。職を涜す公務員は社会の敵であり、汚職や公務員犯罪こそが国を滅ぼす。国が衰退しないために、俺たち「涜職刑事」がいる──と胸を張っていた>(第七章 涜職刑事の誇り)

 政官界を震撼させた「外務省機密費流用事件」(2001年起訴)。その捜査を担当したのが警視庁捜査二課で汚職を専門とする「ナンバー」や情報係と呼ばれるノンキャリアの名もなき刑事たちであった。本書はこの公金詐取事件をめぐって時の政治状況を背景に刑事たちの奮戦を追った書き下ろしノンフィクションである。捜査にあたる刑事たちの人間模様、息詰まる取り調べ、警察上層部との確執など、まさに警察小説のような味わいだ。

「小説みたいだと言われると嬉しいですね。できるだけ会話を復元して読みやすくするのが自分の頑張りどころなので。彼らの一部は記者のときからの付き合いで、30年近い人から今回知り合った人までさまざまです。これは長い時間をかけて話を聞いて、書き残さなくてはならないなと」

 ここで登場する政府高官、外務省の官僚、捜査員、告発者、容疑者まで、「現職刑事一人を除いて」すべて実名だという。冒頭、かつて福岡県下の交番に勤務していた友人の警察官からのメールの文面が紹介される。警察官の役割について「見返りなど微塵も期待しない、歴史上に無名の士としても残らない、『石礫』としてあったに過ぎない」とある。巨大な汚職事件に挑む刑事たちが霞が関の底知れぬ腐敗に投じた一石こそ「石礫」だった。

「たとえば捜査一課だと殺人とか犯罪そのものがよく見える。二課は犯罪が見えない、ただし汚職はなくならない。DI,職刑事といいますが絶滅危惧種かもしれない。要は職人の技の伝承。刑事と記者も共通するものがあります」

 取り調べで容疑者を「落とす」まで、先輩から伝授されるワザ。非道な人事異動やキャリアの政治的判断。今は刑事も記者も管理強化でハミダシもいなくなり付き合い方も変わってきたというが、一方で霞が関の腐敗は? 官房機密費はその後どうなったのか?

<汚職摘発が相次ぐ社会は不健康だが、摘発のない世界は嘘くさくて、うすら寒い>

 本書も現状に投げられた渾身の石礫である。エピローグ、刑事たちの後日談のなかでも印象深いのが一人の女性刑事の足跡だ。それは石礫の先の希望ともいえよう。(ライター・田沢竜次)

AERA 2017年8月14-21日号