いまの子どもたちにとって「ゲルニカ」はA4の教科書の中にある。僕はルーブル美術館でモナ・リザの実物を見ましたが、まっさらな気持ちで見ることができませんでした。みんなモナ・リザを背景に自撮りしてて(笑)。この絵にここで初めて出会っていたら、この美しさを自分で発見できたら、どんなにすてきだっただろうって思うんです。本も、「これいいよ」って薦められて読むだけじゃない。ひょんなことから本屋さんや図書館で手にしたものが、大事な一冊になることだってありますよね。最初の驚きを大人が奪ってはいけないと思うんです。

横山:いろんなものを与えすぎないことは、本当に大事ですよね。ゲルニカを教科書で見る、っていう話がありましたけど、僕は小さいころ、親と一緒にルノワール展を見に行ったことがあるんです。うちの親がピアノを弾く女性の絵が好きで。当時の僕は絵に全く興味なかったんですが、そのピアノの一枚が頭に残っていて、オルセー美術館で実物を見たときにすごく感動した。振り返れば、「これはいいんだよ」とかはあまり言われなかったですね。

西村:高校から大学まで映画っ子だった僕の、映画との最初の出会いは小学1年生。おやじが買ってきたVHSの背表紙にエレファント・マンって書かれていたのでウルトラマンみたいなものかと思って見たら、デビッド・リンチ監督のゾウ男だった。「映画ってすげー」と思った感覚は覚えています。

横山:子どもって、ちょっとしたことで見ているものや価値観が変わるんだなって思います。「おかあさんといっしょ」の収録現場にはいつも45人の子どもが来ていて、8割ぐらいの子はすぐに楽しめるんですが、1、2割の子はお母さんから離れられなかったり、途中から勇気を出して入ってきたり。

 印象に残っているのは、ずっとお母さんのそばで泣いていた一人の男の子が、上から降ってくる風船を取りに行こうと葛藤していた姿です。3歩行ったら戻って、4歩行ったら止まっちゃって、最後は泣きながらみんなの輪の中に入ってきた。その姿に「成長」を見た気がして、カメラに映っていないところで泣きそうになりました。男の子はその後、すっかり笑顔で周りの子と友だちになっていたんですが。きっとあれで世界が変わったんです。さっきまでとは全然違うものを見ているんだろうなって思いました。

西村:大人が「こういう思いをしてほしい」と自分が大好きな絵本を与えるのもいいんですが、与えないことも大事。子どもたちって勝手に自分に合った一冊を見つけるんです。本屋さんや図書館では、「これにしなさい」ではなく、「1冊選んでいいよ」って言ってみてほしい。最も奪っちゃいけないのは子どもの好奇心。子どもの好奇心は驚きから生まれるから、出会いを奪っちゃいけない。用意しておくんだけど、与えない。そういうことも大事だと思います。(取材・構成/AERA dot. 編集部・金城珠代)

※『AERA with Baby スペシャル保存版 早期教育、いつから始めますか?』より