経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
* * *
『21世紀の資本』。皆さんはこの書名をご記憶だろう。フランスの経済学者、トマ・ピケティの著作だ。2014年から15年にかけて、世界中で大ベストセラーとなった。日本でも、14年末に訳本が出るや、たちまちベストセラーにランクインした。
筆者は、この本の姉妹編のタイトルを思いついてしまった。「21世紀の労働」である。
『21世紀の資本』は、膨大な歴史的データを踏まえつつ、21世紀における資本の運動原理を解明しようとしている。21世紀の資本は、国境を越える。その越境的凶暴性をどう封じ込めるか。そこがピケティ本の焦点だ。
これに対して、「21世紀の労働」は越境するカネに翻弄されるヒトの姿に注目したい。なぜなら、今日、労働を巡る状況がそれこそグローバルな広がりをもっておかしくなっているからだ。
多くの先進諸国で、失業率が低下している。日本では、盛んに人手不足問題が取り沙汰されるような状況だ。ところがそうした中で、賃金は上がらない。賃金上昇なき雇用拡大。この怪奇現象が、あちこちで論者たちを悩ませている。日本でも、アメリカでも、イギリスでも。