11年から執筆した『空白を満たしなさい』は、死者が次々によみがえるという物語だ。主人公は、1歳で36歳の父を亡くした、36歳の男性。自分自身を重ね合わせた。

 平野さんは、「分人主義」を提唱している。「分人」とは、一個の人間には様々な顔があり、その複数の分人のすべてが
「本当の自分」である、という考え方だ。

 親の死は分人にとっても大きい。親の前で生きていた自分を、もう生きられなくなるという意味で、「ひとつの世界観の崩壊」を意味している。

「死の直後はつらいですが、徐々に生きている人との分人の比率が大きくなり、死んだ人との分人の比率は相対的に小さくなっていく。心理学でいう『喪の作業』だと思います」

 親との分人の比率は、時間が経過しても決してゼロにはならない。仏壇の前に行くと、かつての自分がよみがえってくることもあるだろう。

「親の死を考えるということは、死にいたるまでの親の人生をどう見つめるか、という問題であると思います」

 親が元気でいるうちは、時々電話で話し、盆正月に顔を見せていればいいかもしれない。だが、体調を崩した際にどうするか。現役世代は都市部に集まり、その親は田舎に暮らしている。日本人の多くは宗教的指針を持たず、経済成長期に生きていた親の世代は必ずしも自分たちの世代のモデルにならない。親との関係性に苦労してきた人もいる。世代間対立も煽られている。

「例えば、ぼくの母は九州に住んでいるが、九州までの飛行機代もばかにならない。経済面の格差は、死ぬまでにあと何回親に会えるかという格差にもつながります」

 親の死を考える意味でも、時代は転換期を迎えている。

(編集部・澤志保)

AERA 2017年7月10日号