批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 小池百合子都知事がついに豊洲問題に結論を出した。しかしなんとも不可解な結論である。「築地は守る」けれども「豊洲を活かす」というのだ。

 この原稿は6月20日の記者会見直後に記している。掲載時には詳しい続報が出て状況が変わっているかもしれない。ただ会見を聞くかぎり知事の構想は理解に苦しむ。豊洲への移転は予定どおり行う。しかし築地も再開発し、5年後をめどに市場機能を復活させ、復帰を望む業者には支援も行うという。普通に聞けば市場を二つつくるとしか受け取れない。知事は築地は「食のテーマパーク」になり、豊洲は「ITを活用した総合物流センター」になるので性格が違うと説明するが、そんなポンチ絵をうのみにする都民は多くはあるまい。

 そもそも再開発には財源の問題がある。記者の質問には言葉を濁した。多額の都税がまた費やされるのではとの懸念は消えない。知事は豊洲に過剰な投資がされてきたと言うが、築地も豊洲もでは、それ以上の過剰投資ではないか。

 この不可解な決断、都議選対策としてはよくわかる。いまさら豊洲移転は主張できない。しかし築地残留はない。先送りも選挙にまずそうだ。というわけでこの「奇策」が出てきたのだろう。

 しかしそんな無責任な話はない。そもそもこの「問題」は知事が作り出したものだ。豊洲の土壌汚染は以前から知られていた。移転反対の業者がいることも知られていた。それでも築地自体が汚染され、施設も老朽化がひどいので移転しかないというのが、昨年知事選時点での都民の消極的な合意だった。それを政局と絡めて劇場化したのは知事自身だ。

 知事も当初は現実的な決着を考えていたのだろう。ところが知事の戦略は予想以上に功を奏し、世間では移転賛成派イコール腐敗勢力かのようなイメージが定着してしまった。そして知事も動けなくなった。事情はわかる。だがそれは知事自身の責任だ。だとすれば、最後は党利党略を捨て、都民のため合理的な判断をするのが政治家の最低限の倫理ではないのか。会見の説明ではまったく納得できない。これこそ都政の私物化である。

AERA 2017年7月3日号

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東浩紀

東浩紀

東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

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