また、東電は「津波が起きるかどうか、土木学会に検討してもらい、その結果に従う予定だった」とも主張。学会報告は12年ごろ出る見通しだったが、同じ日本海溝沿いに原発を持つ東北電力や日本原電は、土木学会の審議とは関係なく、自社の判断で津波地震対策を東日本大震災までに終えていた。要は、土木学会を口実に対策を先延ばしさせたのは東電だけなのだ。津波だけ予見不可能という理屈には無理がある。

 では何が争点か。なり得るのは「結果回避可能性」だ。防潮堤などの建設には時間が必要なため、対策に着手しても11年3月までに間に合ったか、という問題である。

 この点、民事訴訟ではすでに判決も出た。原発事故被害者が集団で東電や国に損害賠償を訴えた民事訴訟で、前橋地裁は今年3月、津波は予見でき、さらに防潮堤以外の簡易的な手段で結果回避も可能だったとして、国や東電の責任を認めた。ただし、判決で結果回避可能性を認めたその根拠については、まだ粗い点があると考える専門家は多い。民事訴訟よりも堅固な立証が求められる刑事裁判ではここがハードルとなりそうだ。

●検察資料「何千点ある」

 裁判では証拠資料も注目点だ。これまで政府の事故調査委員会をはじめ、国会、東電、民間の事故調が報告書をまとめてきたが、いずれも身内をかばったり、時間不足だったりで事故原因の核心に迫り切れていない。のべ約1万2千人が訴えている民事訴訟でも、東電は情報開示を渋り続けている。だが今回の裁判では、これまでほとんど明らかにされていなかった検察の資料が出てくるというわけだ。

 検察審査会の議決の中で、どの事故調も持っていない証拠がまだあることは断片的にほのめかされてきた。刑事裁判を支援している海渡雄一弁護士は期待を込めてこう言う。

「検察庁が集めたおそらく何千点という資料が刑事裁判で出されるのではないか」

 原発を推進した政府や東電は、まともな事故検証すらできていない。事故から6年。ようやく始まる刑事裁判で真相究明が進むかもしれない。

(ジャーナリスト・添田孝史)

AERA 2017年7月3日号