4月に新卒で入社し、すでに会社を辞めたくなっているすべての新入社員に読んでほしい一冊(※写真はイメージ)
4月に新卒で入社し、すでに会社を辞めたくなっているすべての新入社員に読んでほしい一冊(※写真はイメージ)

 北海道の新聞社を舞台にした、不器用な男たちの情熱の物語。『北海タイムス物語』の著者である増田俊也さんが、AERAインタビューに答えた。

「この四段見出し九行どりにして、この罫を全角カスミに変えて!」

 割り付け用紙と倍尺を手に制作局に駆け下りる整理部員たち。天井のスピーカーから鳴り響く共同通信の「ピーコ」音。忙しい方にこそ、本書の84ページから88ページの新聞制作の最終工程の鉄火場シーンを読んでほしい。

「北海タイムス」は1887年創刊の歴史ある北海道の地方紙。1998年に休刊したが、著者は北海道大学中退後、2年間在籍した。本書は北大柔道部の青春を描いた『七帝柔道記』の続編ともいえる自伝的小説だ。

「北海タイムス」に入社した主人公・野々村が配属されたのは内勤で編集作業にあたる整理部。取材記者志望の野々村にとっては不本意な現場だった。加えて破格の低賃金と長時間労働。取材に配属された同期を横目で羨みながら、過剰な自負心に苛まれ、上司には罵倒され、降版時間に追い立てられ、ぼろ雑巾のように右往左往する。

「今の職場ってマスコミ関係でも実に静かでしょう。しかしまだ当時(90年前後)は雑音、騒音が蔓延していて、ベテランが若手を叱り、激論を交わし、そういう環境で鍛えられ成長してきた。そんな時代の熱気を書きたかった」

 降版時間という時限爆弾を抱えながら、行数を数え、見出しをつけ、ベルトコンベアに放り投げる。「スピードと密度の両方が必要」な整理の仕事は、サスペンスドラマのようなスリルがあり、脳が汗をかく整理という格闘技を見ているようだ。

「素材は何であれ血の通った文章を書く小説家でありたいですね。仕事を通じての人間の強さ、弱さ、優しさ。仕事っていいよ、人間捨てたもんじゃないぞ、と」

 編集局次長の萬田が野々村にルネッサンスの三大発明について語る場面がある。火薬は軍事力の発展を促した。羅針盤によって大航海時代になり植民地支配が進んだ。しかし活版印刷は貧しい人々に教養を与えた。そしてこう語る。

「その活版印刷の最も大きな成果こそ、俺たちがやっている新聞という仕事だ。俺たち新聞人が弱者の側に立って報道するのは、その印刷技術の出自から当然のことなんだ」

 4月に新卒で入社し、すでに会社を辞めたくなっているすべての新入社員に読んでほしい一冊。(ライター・田沢竜次)

AERA 2017年6月19日号