稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。2016年1月まで朝日新聞記者。初の書き下ろし本『魂の退社 会社を辞めるということ。』(東洋経済新報社)が発売中
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。2016年1月まで朝日新聞記者。初の書き下ろし本『魂の退社 会社を辞めるということ。』(東洋経済新報社)が発売中

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

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 さて今回から、私が暮らす築46年の老マンションについて書こうと思います。

 ホントこの家には唸らされてばかり。だって古い家に住むってまさかのタイムマシンで時を巻き戻すのと同じことだった。そのカルチャーショックたるや毎日が目から鱗。デロリアン号なんぞなくても人は時空を旅できるらしい。

 で、何はともあれご紹介したいのが、その防音度合いの驚異的な低さ!(笑) 何しろ引っ越したその日のうちに、両隣の家族構成を完璧に把握したアフロです。だって聞き耳など立てずともクッキリハッキリ会話が聞こえるんだもん。うっかりすると返事しそうな勢いです。

 いや~昔の家ってこんなんだったんですね!

 確かに思い返せば、子供の頃に住んだ木造長屋は隣の夫婦喧嘩がまる聞こえだったよ。でもそんなノスタルジーに浸ってる場合じゃなかった。だって本当にうるさいのなんの。

 特に小さなお子様が3人おられるお宅では、騒ぐ声、泣く声、怒鳴り声が一瞬も絶えることなく、特にご両親の怒りが噴火した時は気が気じゃない。怒りが怒りを呼ぶ様子に、どうか丸く収まってくれ~とドキドキしながら時を過ごし、笑い声がすると心から胸をなでおろす日々にストレスもたまります。とはいえ苦情を言ったところで何が変わるわけでもない。だってそんなことで怒りが静まるなら最初からこんなことになってない。ハテどうしたものか。

 で、考え抜いた末に思いついたのが、もうその音を「ちゃんと聞く」しかないと。

 密室でたまった怒りも、誰かが聞いていると思えばブレーキがかかるはず。怒鳴り声がし始めたらラジオの音量を上げ、必死の「聞いてるよ」アピールです。

 そうか。音が聞こえるって案外いいことかもしれん。

 これまで住んだ最新のマンションは防音が完璧で、隣に誰が住んでいるかも知らぬまま。それが良い家と信じていた。でも聞こえないことと、何も起きていないこととは違う。防音社会って無縁社会の卵なんじゃないか。

AERA 2017年6月19日号

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稲垣えみ子

稲垣えみ子

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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