これと互恵の精神とは大違いだ。互恵主義は、皆で恩恵を分かち合うことを目指す。だが、戦前の国々は、もっぱら二国間相互主義で通商関係を形成していた。このやり方は、弱い者や小さい者にとって明らかに不利だ。先進大国が10%関税を下げるのと、発展途上小国が10%関税を引き下げるのとでは、衝撃がまるで違う。形式的相互主義は、実態的不公正を招きかねない。しかも、二国間で相互をやると、やっぱり大きくて強い国の方がゴリ押しを通しやすい。

 このやり方で、戦間期の列強諸国が排他的通商ブロックを構築していった。この道に二度と再び踏み込まないために、戦後の国際通商秩序は互恵を原則とすることになった。そして、今日的な国際通商秩序の番人であるWTO(世界貿易機関)は、二国間主義ではなく、多国間主義をその基本的枠組みとしている。

 今回の首脳宣言の原文を確認した。その中には、互恵を意味するmutually beneficialと相互を意味するreciprocalの両方が登場する。外務省による邦訳を見ても、mutually beneficial を「互恵的」と訳し、reciprocalを「相互的」と訳している。互恵と相互を混同することは、実に危険だ。その道は、戦間期の通商戦争の世界に通じる。

AERA 2017年6月12日

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浜矩子

浜矩子

浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演

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