りぃなさん(19)が始めた、「名古屋あおぞら部」。かつての自分のように悩んで行き場のない高校生たちが話せる場をつくるのが目的だ。基本的に月1回のペースで開催される(撮影/横関一浩)
りぃなさん(19)が始めた、「名古屋あおぞら部」。かつての自分のように悩んで行き場のない高校生たちが話せる場をつくるのが目的だ。基本的に月1回のペースで開催される(撮影/横関一浩)
昔ながらの家族意識が根強い地方では、LGBTはありのままの自分でいることが難しい。多くのLGBTが生きづらさを抱えて生きている(撮影/横関一浩)
昔ながらの家族意識が根強い地方では、LGBTはありのままの自分でいることが難しい。多くのLGBTが生きづらさを抱えて生きている(撮影/横関一浩)

 レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字をとってLGBT。性的マイノリティーを表すために生まれ、定着しつつある言葉だ。たしかに一定の理解は進んだ。だが、LGBTとひとくくりにすることで、塗りつぶされてしまった「個」や思いがあるのではないか。性的マジョリティー側は「わかったような気持ち」になっているだけではないのか。AERA6月12号の特集は「LGBTフレンドリーという幻想」。虹色の輝きの影で見落とされがちな、LGBTの現実に迫る。

 LGBTに対する差別や偏見は、とくに地方で根深い。根底にあるのは教育だ。授業でLGBTを教える小学校も出てきた。

*  *  *

「ずっと、着ぐるみを着ているような気分です」

 愛知県に暮らす大学2年のりぃなさん(19)は、静かな口調でこう話した。

 女の子が好きかも。そう思い始めたのは、小学校高学年くらい。小学6年の時、同じ学校の女の子に一目ぼれした。

 女性なのか男性なのかわからない、不思議な自分。人にどう思われるのか、怖かった。親にも友だちにも言えず苦しんだ。自己肯定感を持てなかった。

 大人になるとそのうち治るだろうと思ったが、高校になっても好きになるのは女性。私はみんなと違うんだ。一人で悩み、生きているのがつらくなった。通学途中、電車のホームに立つと、そのまま線路に引き込まれそうになった。

 昨春、大学生になった。大学生のLGBT当事者が集まるインカレサークルに参加したり、昨年10月にはLGBTの居場所をつくろうと「名古屋あおぞら部」を立ち上げ、活動する。ブログでも思いを発信する。

「今は超元気です」

 と笑顔を見せる。

 それでも、顔と実名は決して出せないという。大学に入学してしばらく経ったころ、仲がよくなった同級生の女子たちと地元トークで盛り上がっていると、一人の子が言った。

「中学の時に女性同士のカップルがいたんだけど、キモイよね」

 その場にいた全員が笑った。

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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