この静けさはどうしたことだろうか(※写真はイメージ)
この静けさはどうしたことだろうか(※写真はイメージ)

 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 組織的犯罪処罰法改正案、いわゆる「共謀罪」法案が衆院を通過した。衆院法務委員会での強行採決が問題視され、マスコミ・識者から反対の声が上がり、国連人権理事会特別報告者から批判の書簡が寄せられるなかでの多数決である。

 改正案は、対象となる組織も犯罪も定義が広すぎて、警察に過大な捜査力を与えるものとの懸念が消えない。たしかにテロ防止は大事で、共謀罪も必要かもしれないが、便乗してちょっとやりすぎなのではないか。法案成立の強引さは2年前の安全保障関連法にも重なる。国民生活への影響は、安保法より深刻かもしれない。

 にもかかわらず、この静けさはどうしたことだろうか。たしかに国会前で抗議は行われている。しかし2年前の夏とは比べるべくもない。そもそも多くの国民は関心すら抱いていないのではないか。

 なぜこうなったのか。ぼくは野党の戦略ミスが大きいと考える。共謀罪は4月に審議入りをした。しかしこの1カ月、野党はなにをしたか。森友・加計学園問題の追及である。テレビでも扱いやすい政権批判の構図を作り、一時はたしかに視聴者の関心を集めた。しかし北朝鮮のミサイル騒動があり安倍首相の改憲メッセージがあり、さらには眞子さまの婚約報道があり、関心はあっというまに拡散していった。そして現状である。野党はワイドショーを利用するつもりで、逆に利用され消耗しただけだった。

 これはより大きな問題の一部である。日本の政治はいま奇妙な「凪(なぎ)」の状態にある。「無気力」と言ってもいい。安倍首相は戦後まれに見る長期政権を維持している。なにが成果かと言われればピンと来ないし、問題も多い。それでも支持率が高いのは、政権交代可能な現実的野党はなく、自民党内にポスト安倍の候補もいないからだ。そして国民は徐々にその状況に慣れ始めている。共謀罪だろうが改憲だろうが、首相がやるといったらやるのだし、それは止められないと感じ始めている。これはおそろしく不健康である。しかしこの状況はデモやワイドショーでは変えられない。「安倍以外」の選択肢が出ないことには絶対に変わらないのだ。

AERA 2017年6月5日号

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東浩紀

東浩紀

東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

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