一方、現在は石川県の金沢21世紀美術館で個展を開催中の池田。最新作「誕生」は「バベルの塔」とは打って変わって300×400センチの大作だが、一見、花が咲き乱れる風景画のような作品も、よく見るとキャラバンがいたり、宅配便の段ボール箱があったり、はたまた線路や飛行機、作業をする人影が見えたり、モチーフや“物語”が無数に描かれている。

 世の中には線一本で完成する作品だってあるのに、なんで、こんなに描き込むんですか?

「見えないほど小さいモチーフだからといって、ぞんざいに描かずに、しっかりと描き込んでしまう。ブリューゲルのそんな気持ちは僕もよくわかります。走っている人にしても、右足が出ているのか、左足が出ているのかで、動きの意味は変わってくる。影の長さ一つにしても、そのモチーフの置かれた状況はぜんぜん違ってきますよね。そこを丹念に描くからこそ、見る人が中に入っていける。そして楽しめる」

 細密画家の性(さが)ってことらしい。たしかにあちこちに仕込まれたモチーフを探すうち、気がつけば何時間も経ってしまう。そんな不思議な吸引力を持った、まさにブリューゲルな池田学ワールド。

「ブリューゲルでは塔、僕の場合は木の幹など、まず背景にフォーカスして描き、そこにちりばめた小さなモチーフなどに、ときにはシリアスなメッセージを込め、ときにはユーモアを込めた画家の気持ちも自分と通じるものがあった。観客の視点をどう動かすかという仕掛けなど、ほかにもいろいろなヒントをもらいました」

 ちなみにブリューゲルと池田では、制作方法は異なるようだ。下絵を描かずにコツコツと画面を広げていく池田に対して、ブリューゲルの「バベルの塔」は、×線によって下絵の存在が明らかになっている。

「僕はひたすら時間をかけているからじゃないかな。1日に10センチ四方くらいの絵を、毎日じっくり積み上げていく。下絵は描かずとも、頭のなかに設計図はあり、昔の人がれんがを積んだように空間がちゃんと合っているかなど、考えながら構築していける。それだけですよ」

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