稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。2016年1月まで朝日新聞記者。初の書き下ろし本『魂の退社 会社を辞めるということ。』(東洋経済新報社)が発売中
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。2016年1月まで朝日新聞記者。初の書き下ろし本『魂の退社 会社を辞めるということ。』(東洋経済新報社)が発売中

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

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 会社を辞めて外食の機会もとんとなくなり、日々自宅にて「メシ、汁、漬物」の時代劇と見まごう食生活を送っていると毎日の買い物は数百円レベルなのですが、そんな私が先日、なんと4800円のオリーブオイルを購入!

 きっかけは、友人がオリーブオイルの店を始めたこと。開店祝いに駆けつけると、早速「利き酒」ならぬ「利きオイル」タイム。6種類のオイルは全てシチリアの農家がそれぞれ搾ったもので、どんな農家がどんな土地でどんなオリーブを育てているのか、一つ一つに物語があるのです。

 1滴垂らすだけでも料理が激変するから高くないヨと説得され、本当に「1滴」ずつ大事に使い、結局使い切るのに約半年。そしてまさかのリピート買い。これには自分が一番驚いた。だってしつこいようですが4800円ですよ! それをこのケチな私が! 一体どうしたんだ?

 まずは何といっても美味しゅうございました。まさに1滴で大根おろしも大変身。でも理由はそれだけじゃない。

 正直、私ごときの舌で味の違いがどれほどわかるかは疑問です。でも私には「納得」がありました。1滴のオイルを味わうたびに遠きシチリアでオリーブを大切に育てるお兄さんの姿が目に浮かぶ(妄想)。異国に友人ができたよう。そう思えばむしろ「払いがい」があります。

 ……そうなんだよ。近所のスーパーでつい最安値の商品を買う私ってケチと思ってたけど、実はそうでもなかったんじゃ? だってその店でなぜ同じスリゴマで100円と250円の違いがあるのかわからないんだもん。原料の差か製法の差か、はたまた企業努力が足りないせいか。そこが不明だと高いものに手の伸ばしようがないじゃんよ!

「我が店」で扱う商品を愛するなら、そこを丁寧に説明してほしいのです。それが目利きたる小売店の本質的な役割ではないでしょうか。孤独な私は本当は愛を買いたい。価格表示しかなければ安いものを買うしかないし、それは寂しいのです。デフレとは愛なき世界の結果であります。

AERA 2017年5月29日号

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稲垣えみ子

稲垣えみ子

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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