「猫には猫の文化があるんだっていうのはその時初めて知りました。」(※写真はイメージ)
「猫には猫の文化があるんだっていうのはその時初めて知りました。」(※写真はイメージ)

 半纏を引っ掛け頭に缶を載せた強面の猫、遠藤平蔵が泣く子を探して夜な夜な街を見回る8コマ完結の『夜廻り猫』(講談社)。ある日は無職の青年の家、ある日はいじめに悩む女子高生の家を訪れ、ほんのひと時気持ちに寄り添う。もともとはTwitter上に無料で公開されていたわずか8コマで綴られる物語が、日常に疲れた読者を大いに泣かせ、癒やし、この度、手塚治虫文化賞短編賞を受賞した。「(受賞について)まだ信用していません」と笑う深谷さん本人は、そもそもこの漫画を商業ベースに乗せることは考えていなかった。最初は長期入院していた息子さんのために描いたものだったからだ。

●ほんの少しでも元気に

「何のキャラクターを描こうかねって息子に言ったら、『あの階段の猫でいいよ』って言われたので。1巻の扉になっている絵を1枚描いて2、3年階段に放り出していたんです」

 その絵を描いている時から漠然と「あんまり役には立たないみたいな猫なんだろうよ」と思っていた。平蔵は根本解決はしてくれない。

「わりと初期のほうに描いた話でシングルマザーに声をかけたら『妻子を愛してくれるパパをちょうだい! 出来る? 出来ないでしょ!?』みたいなことを言われるんですけど、解決するってそういうことですよね」

 しかしその第22話は、平蔵のおかげでお母さんが娘の気持ちに気づくという素敵な結末を迎える。8コマで疲れた母親の中に、そして読者の中にも明るい光を灯す、その手腕は見事だ。

「疲れた満員電車の中でも一瞬で読めてちょっと気分転換になったり、ほんの少しでも元気が出たりするようなものが描けたらいいなとは思っていました。私の視野の中のほとんどの人は生活に追われていて、時間が一番貴重なので」

●常に弱者の視点から

 貧困、家庭不和、孤独の中で生活に追われる登場人物たち。野良猫の平蔵や周りの猫たちにもたびたび命の危機が訪れる。描かれるのは常に弱者の視点だ。

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