仕事を巡る人とロボットの対峙関係とは…(※写真はイメージ)
仕事を巡る人とロボットの対峙関係とは…(※写真はイメージ)

 経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。

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「かつてあったことは、これからもあり、かつて起こったことは、これからも起こる。太陽の下、新しいものは何ひとつない」。旧約聖書の一節だ(「コヘレトの言葉」1.9)。

 二つの今日的テーマとの関わりで、上のくだりが頭に浮かんだ。テーマその1がロボットだ。テーマその2が「働き方改革」である。

 ロボットが何かと注目される。イギリスのEU離脱問題との関わりでも、ロボットが話題になっている。EUを離脱すれば、大陸欧州からイギリスに人が入りにくくなる。そうなれば、人手不足が発生する。それを補うために、有能なロボットの開発を急がなければならない。

 こんな焦りを最も高めているのが、どうも農家らしい。東欧から季節労働者がやって来てくれなくなると、収穫に重大な支障が生じる。かくなる上は、助っ人ロボットさんたちをしっかり確保しなければ大変なことになる。そういう話になっている。

 何とも面妖な話だ。移民流入は、イギリス人から職を奪う。だから、嫌がられていたはずである。ところが、その実、移民労働者がいなくなっても、その穴埋めをするイギリス人はいないらしい。だから、ロボットさんの出番となる。洒落にもならない。

 仕事を巡る人とロボットの対峙関係。これぞ、最も今日的なテーマかと思いきや、コヘレトの言葉にある通り、「新しいものは何ひとつない」。人間対ロボットの緊張関係は、かのSFの大巨人、アイザック・アシモフが実に深淵な洞察力をもって小説化している。彼の一連の「ロボットもの」が世に出たのは1950年代のことである。

「働き方改革」騒動は、さながら、かの経済学の大巨人、カール・マルクスの『資本論』の一節を読むがごとしだ。資本論の第1巻第10章には、労働法改革の名の下、資本家たちがいかに手練手管を弄して長時間労働と過酷な職場環境を「守り抜こう」としたかが活写されている。彼らは「多様な働き方」を盛んに推奨し、人々から新たに労働生産性を搾りだそうとした。

「かつてあったこと」が今また起ころうとしている。そのことが、また同じ過ちを繰り返すことにつながらないといい。

AERA 2017年5月15日号

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浜矩子

浜矩子

浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演

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