でも、人間だれしも取りえってあるものね。かけっこはいつもビリだったけれど、私にもひとつだけ得意な競技があったの。障害物競走が得意なのよ。足の速い人は先頭を走って、網にはまって四苦八苦するじゃない。私は5番手、6番手でいって、ほかの人の隙間を見つけてすいすい抜けていくの。そういうのはうまいのよ。

 ずるいんだねぇ。もし私が政治家だったら、牢屋に入ると思うわ。賄賂で(笑)。いま私のところに、おばあさんの役がいっぱいくるのも、同年代の女優さんたちが「私には、まだ早い」ってやりたがらないからなのよ。実際、みなさん本当にきれいなの。40代の役でもやれると思うわ。私は映画監督の西川美和さんに「希林さんは普通に年取ってますね」って言われたことがあるけれど、それは褒め言葉だと思っている。

(障害物競走のように)全体をぱっと見てつかむ、俯瞰でものを見る癖はふだんからついているわね。それがないと役を演じられないのよ。私は脇が多かったでしょう。主役はいいの。話がずっと描かれているから。でも脇は出番がぽこっとあって、その前後の人生が描かれていない。だから自分の役の立ち位置を考えないと演じられないのよ。

●死体の役は怖くない

 ドラマ「寺内貫太郎一家」でおばあさん役をやったのは31歳のときだったわね。外見は老人を真似たけれど、心の中は30代のまま演じた。実際に70代になってみてどうかっていうと、全く同じ。何も変わらない。精神的な成熟なんてないわね。
(構成/編集部・石田かおる)

AERA 2017年5月15日号より抜粋