「米国の軍事力行使も北朝鮮への抑止力になったのかというと疑問符が残ります。」(※写真はイメージ)
「米国の軍事力行使も北朝鮮への抑止力になったのかというと疑問符が残ります。」(※写真はイメージ)

 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 米国はシリア攻撃に続き、大規模爆風爆弾「モアブ」をISの地下施設のあるアフガニスタンで投下しました。この一連の動きは、米国が敵対勢力には軍事的措置をとるという姿勢を世界に強くアピールすることになりました。重層的にあった米国の狙いのうちで一番大きかったのは国内向けでしょう。13日、トランプ大統領は記者団に「もう一つの任務が成功した。この8週間で起きたことを見れば、(オバマ前政権の)8年間と比較し、とてつもない違いが分かるだろう」と述べました。トランプ政権は国内改革も頓挫し、支持率も低下しています。オバマ政権との差別化を印象づけるのには軍事攻撃とばかりに、そのタイミングを見計らっていたわけです。

 トランプ大統領から中国への説明は、シリア攻撃後まもなく、米中首脳会談の食事会の席で行われました。日本にシリア攻撃の事前説明があったのかという談話は発表されていません。ロシアに事前報告があったのかはわかりませんが、モアブ投下の前日には、米国のティラーソン国務長官がプーチン大統領と会談を行っています。米ロの出来レースとまではいかないまでも、ロシアの暗黙の了解がないまま米国が攻撃をしたのなら、シリア内戦は泥沼に陥ります。そうなると間違いなくISにとっては有利になり、難民問題はもっと解決が難しくなります。

 米国の軍事力行使も北朝鮮への抑止力になったのかというと疑問符が残ります。北朝鮮は、4月15日に故・金日成国家主席生誕105年のパレードで、新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)とみられるミサイルを公開しました。翌16日には、中距離弾道ミサイルを発射しましたが失敗に終わったことから、米国は軍事行動を取ることはないと発表しました。北朝鮮は今後も核実験やICBMの発射を強行するかもしれません。その時、トランプ政権は振り上げた拳をどうするのか、全面戦争も覚悟の軍事的選択を取るのか。それともそれ以外の選択をするのか。その場合、それは具体的にどんな政策なのか。いずれにせよ、トランプ政権の軍事的選択が長期的な戦略に基づいているのかどうか、その答えは近いうちに明らかになってくるはずです。

AERA 2017年5月1-8日合併号

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姜尚中

姜尚中

姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

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