しかし同時に感じるのは、認知症者の運転禁止すら簡単に進められないとは、わたしたちはなんともむずかしい時代に生きているものだという疲労にも似た思いである。乱暴を承知で言えば、ぼくには認知症者の運転禁止は正当に思える。それは飲酒運転の禁止や18歳未満の運転禁止と同じである。酔っぱらいがみな運転できないわけではないし、運転がうまい子どももいるだろう。でも現代社会は彼らに一様に運転を認めていない。だとすれば認知症者の運転も一様に制限されてかまわないのではないか。認知症との共存は、必ずしも認知症者の運転との共存を意味しないはずだ。

 しかし、当事者からすればそれが人権の不当な制限に見えるのも、また十分考えられることだ。なんといっても、彼らはつい最近まで元気に運転していたのだから。現代社会はこのようなとき、粘り強く「説得」していくしか合意形成の手段をもっていない。

AERA 2017年4月3日号

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東浩紀

東浩紀

東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

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