「核やミサイルの力を誇示し、国内は恐怖で締め上げる体制の北朝鮮。この体制が海外にまで触手を伸ばした先に正男の暗殺があったのでしょう」 (※写真はイメージ)
「核やミサイルの力を誇示し、国内は恐怖で締め上げる体制の北朝鮮。この体制が海外にまで触手を伸ばした先に正男の暗殺があったのでしょう」 (※写真はイメージ)

 北朝鮮を取り巻く環境が、金正男(キムジョンナム)暗殺でより鮮明になっています。中国は北朝鮮からの石炭輸入を停止し、米国と北朝鮮との取引は事実上遠のきました。友好関係にあるマレーシアとの国交断絶も懸念されるなか、北朝鮮は在日米軍を標的に弾道ミサイルを同時に4発発射し、そのうち3発は日本の排他的経済水域に着弾。ミサイル迎撃システムを無力化させかねない脅威を見せつけました。

 大国間の隙間を巧みに動き回る外交的戦略はそっちのけで、ただひたすら核やミサイルの力を誇示し、国内は恐怖で締め上げる体制の北朝鮮。この体制が海外にまで触手を伸ばした先に正男の暗殺があったのでしょう。

 今回の暗殺事件には大きな背景があります。2013年、事実上の北朝鮮ナンバー2だった張成沢(チャンソンテク)の粛清です。正男の後見人でもあった張成沢を金正恩(ジョンウン)が粛清したのは、北朝鮮が中国に対して強く反発したということです。北朝鮮の政権交代の受け皿として、自分のスペアを中国が用意することを正恩は何よりも恐れています。暗殺にここまで時間がかかったのには中国当局が一時期、正男のまわりを固めていたということもありました。

 比喩表現として王朝と言われているように、北朝鮮は首領である金日成(イルソン)がつくった国であり、その首領の「主体(チュチェ)思想」を受け継ぐ世襲カリスマ的な血統原理を正統性の根拠にしています。ですから、血脈の間での「正統と異端」の対立が暗殺という形になることは、あらかじめ予測できることでした。

 今後、北朝鮮はマレーシアをはじめ、ASEAN諸国からも孤立し、その行き詰まりからますます、米国を交渉のテーブルに引き出す強硬策を打ち出すでしょう。それがレッドラインを越えた時、米国は北朝鮮への先制攻撃に出るのか、それとも更なる核開発を放棄させる代わりに現状を追認することになるのか、「戦略的忍耐」というオバマ前政権とさほど変わらない方針に落ち着くのか──。

 トランプ政権をめぐる米国内の激しい対立、分断とも絡んで目が離せません。軍事的衝突の可能性、逆に米朝交渉も含めて極端なシナリオが現実化することも想定すべきかもしれません。

AERA 2017年3月20日号

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姜尚中

姜尚中

姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

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