震災後、川口さんは災害時、近隣の企業に避難の手助けをしてもらえる協力を得ている。

 てんでんこや、こうした事例は南海トラフ地震の教訓になるだろう。ただ、南海トラフ地震では、10分未満で津波が到達すると予測される地域も多い。気象庁によれば、東日本大震災の本震で震度4以上を観測した揺れの時間は約2~3分。避難にかける時間は限られる。

 静岡県は、駿河湾の奥まで津波を引き起こす断層が延び、南海トラフ地震で最も大きな人的被害が出ると予測される。津波の第1波が4分で到達するのは沼津市。市教育委員会によれば、沿岸部の学校では、被災時には学校が連絡するまで児童を預かることを周知し、引き渡しも親族など5人を学校に事前登録するなど、気仙沼の教訓は生かされている。

●2分で津波が到達

 てんでんこや災害弱者の対策はどうか。市危機管理課の担当者はこう話す。

「沿岸部では地震発生後10分で浸水するエリアもある。揺れている時間を考えると、5分後に逃げるのが絶対条件。年に3回の避難訓練に加え、避難路を見直す地域でのワークショップも開催しています」

 地域の防災担当者で改めて避難路を見直し、夜間避難のための照明設置や避難路の拡張を進めているという。ワークショップに参加した常葉大学社会環境学部長の池田浩敬教授は、避難訓練時に住民にGPSを携帯させ、自宅から避難所までの足取りを調査。それをもとに津波避難のシミュレーションをした。

「揺れ始めて5分後に避難したとしても逃げ遅れがあり、さらに5分遅れれば津波に追いつかれる人数が地区によって5~10倍になる。逃げ始めるまでの時間をいかに早くするかが被害を最小化するカギだ」

 南海トラフ地震で最も早く津波が到達すると予測されるのは和歌山県串本町。最短2分で1メートルの津波が押し寄せる。町内の幼稚園では毎日、100メートル先の高台に避難する練習をしている。震災後、16メートルの津波避難タワーを新設し、高台に上がる新道建設も始まった。

「本人自体が助かるかわからないという想定で、他人を助けられるか。高齢者の避難には課題が残ります」(串本町職員)

 期待されるのが、第1波を防ぐために始まった堤防のかさ上げ工事だ。これにより、連動型巨大地震でも津波の到達を約10分遅らせることができる。10分稼げれば、避難も可能だ。危機感を持ち、早く、高くに逃げる。それしかない。(編集部・澤田晃宏)

AERA 2017年3月13日号