「医学的には『安定期』という言葉はありません。旅行は普段以上に歩いたり、無理なスケジュールで行動したりすることもあり、リスクが低い妊婦でも、突然何が起きるかわかりません」

 今野医師は、順天堂大学医学部附属浦安病院に勤務していたとき、旅行中の妊婦における産科救急搬送について論文をまとめた。浦安には年間2500万人程度(当時)が来場する東京ディズニーリゾートがあり、07年から10年までの4年間に緊急受診した妊婦は129人いた。年間入場者数を考えると、受診数は決して多くはないが、早産になった人は6人、中には妊娠23週で600グラム台の赤ちゃんを産み、翌日亡くなったケースもあった。

 しかも、10年に同病院を受診した34人のうち、主治医に許可を得て旅行していた妊婦は41%(14人)。母子手帳さえ持っていない妊婦もいた。

 沖縄でも、旅行中の妊婦の緊急受診が問題になっている。沖縄県立中部病院(うるま市)には、04年から14年に沖縄旅行中の妊婦301人が救急で訪れた。切迫流産が135例、切迫早産が65例あり、流産も36例あった。

 出産に至ったのは8例。23週の早産で赤ちゃんが5カ月間、NICUに入院したケースもあった。その母親は、身寄りのない沖縄で生活しながら、病院に通っていたという。

 妊婦の旅行は時に、地域医療へも影響を与える。旅行中の妊婦の救急受診でNICUが満床になったことで、その病院で出産を控えていた妊婦が、別の病院へ転院したケースも2例あった。旅先に母子手帳を持参しておらず、妊婦健診の受診状況や感染症の有無などの情報が不足し、妊婦だけでなく医療者も不利益を被ることがある。

 同病院産婦人科の中澤毅医師も「妊娠中にいわゆる『安定期』はない」と強調したうえで言う。

「みんな、まさか自分には起こらないだろうと思っているが、楽しい思い出が一変してしまうことがある。長期入院ともなれば経済的にも精神的にも大きな負担になります。もし旅行を計画する場合は、担当医師に相談し、危険性を理解し行動することが大切です」

 無知と慢心の怖さを知り、正しい知識を持って赤ちゃんを守ろうとする女性たちもいる。

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