■上っ面の地政学脱却を

 専門家は地政学ブームをどう見ているのか。防衛省防衛研究所研究員で、地政学に関する論文も多い石津朋之さんに、朝日新聞専門記者・藤田直央が話を聞いた。

──地政学を掲げた書籍が多数発行されています。最近のブームをどう見ていますか。

 地政学には「海洋国家」など国際政治を大づかみするのにとても役立つ言葉があります。戦後の日本人にとってせいぜい東アジアプラスαだった世界が広がり、地政学的に地球を見始めたのはいいことです。ただ、経済ニュースでよく聞かれる「地政学的リスク」といった言葉は、意味不明。地政学の定義があいまいで単純化してきた結果、「言葉のインフレ」になっていると思います。

──尖閣諸島や南シナ海など、中国の海洋進出が目立つことが遠因ではありませんか。

 中国は大陸国家だと見られがちですが、果たしてそうでしょうか。欧州が大航海時代に入る約80年前、明は鄭和(テイワ)の大遠征でアフリカまで行っている。三国志の時代には大きな河川で水軍同士が戦った。大陸国家が海洋に出てくるのはおかしいと思う側が貼るレッテルかもしれません。日本の海洋国家論も同じです。海に囲まれているというのは地理的現実。海外へどんどん出て、能力あるものは拒まないというシンガポールのような国家戦略が海洋国家と思いますが、それが戦後の日本にあったかは疑問です。

●地政学は大国の世界観

──地政学は軍事と結びつくイメージが強いですが、戦後はどう扱われてきましたか。

 敗戦で「大東亜共栄圏」とともにしぼんだ日本の地政学に光が当たったのは1980年代です。中曽根康弘首相が強調した「シーレーン防衛」が代表的です。地政学にはその国がどう生き残るかという土着性が強いのですが、80年代の地政学はまだ米国からの借り物でした。

──日本の外交・安保政策は中国や北朝鮮を意識したものです。

 2006年に第1次安倍内閣が「自由と繁栄の弧」を打ち出します。東欧から中央アジア、東南アジアにかけて民主主義や経済の発展を支援する外交方針で、地政学的に非常にインパクトがあり、欧米からも注目されました。一方、どこかの国を封じ込める手段と受け止められる可能性もありました。

──地政学で大事な視点とは。

 地政学は大国の世界観の表明といえます。日本は、米中の狭間で両国の世界観をふまえ戦略を練る必要があります。難しいのは、ある国を脅威といえば、その色眼鏡を外せなくなること。定義を大事にして概念を積み上げ、国家戦略を議論する土台を築きたいですね。

AERA 2017年2月20日号