●ホールから開放する

 15年には、人気DJのピート・トングのプロデュースのもと、クラブの名曲たちをオーケストラ楽曲化して演奏する「イビサ・プロム」というイベントが出現。会場中に派手な照明が飛び交い、当然、立ち見席はダンスフロアと化すわけだが、それが伝統あるクラシックの音楽祭で実現してしまうところが、クラブミュージックの本拠地であるロンドンの面目躍如というところか。こういった、「クラシック音楽をホールから開放する」という動きは今後もいろいろと出てくるだろう。

 さて、クラシックの表現手段の中で、ポップスに慣れ親しんだ現代人の耳にとって最も旗色が悪いのは何か?それは声楽だろう。オペラの歌唱で有名なあの朗々とした発声法は、たとえばそれでカラオケに参戦したとしたら「ウケを狙ったひとつの芸」としてしか見なされないのは火を見るより明らか。なぜならば、ポップスの世界では、語りかけるような歌声や、その歌手でなくては表現できない、味わいのある声自体が魅力であり、マイクでやっと拾うことができるウィスパーボイスなどの表現のほうが、我々のスタンダードになっているので、あの歌唱法は現代人の耳には違和感がありすぎるのだ。

 この現代人の歌声に対する感覚とのズレを意識して、ある種「声楽のパンク」のような表現を行っているのがカナダ出身のソプラノ歌手、バーバラ・ハンニガン。彼女は現代音楽作家の歌曲を多くレパートリーに取り上げているのだが、そのスタイルが独特なのだ。

●ワン&オンリーな魅力

 オーケストラと指揮者がソリストを待ち構えていると、そこにお尻が見えそうなミニスカートの制服を着て、ガムを噛みながら不良女子高生が登場する。それがハンニガンで、彼女は指揮者にガムをはき出して渡した途端に、つんざくようなハイトーンで、現代音楽作曲家として名高いジェルジ・リゲティのアリア「ミステリー・オブ・ザ・マカーブル」を歌い出すのである。この曲を不良女子高生だけでなく、SFのロボットのような出で立ちでも披露するのだが、奇天烈なビジュアルイメージが、クラシックのあの独特な歌唱表現と声の音質にあまりにもぴったりと合うのに、思わず膝をたたいてしまった。

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