しかし、実のところ両者の音楽は非常に似ている。クラシックの交響曲を聴き込んだ耳ならば、一流DJのクラブプレイの中に、管弦楽の組み合わせのような音色同士の組み合わせや、あるときにはクラシック音楽理論の対位法(個々のパートが対等で、それぞれが独立性を持った旋律を奏でる)と同様の音作りを発見することができるだろう。DJには一人が何時間も音を続けてプレイするロングセットというスタイルがあるが、これなんぞはマーラーやブルックナーなどの長尺の交響曲を彷彿。弱音で耐えた後のめくるめく爆発、大きな建築物の内部を様々な意匠や景色を探訪しながら登っていくような構造体験、音が流れる時間そのものを堪能するタイム感覚などは、両者に共通の「音楽の醍醐味」なのだ。

●非常に美しく融和的

 00年中盤、ひとつの画期的な動きが始まっていた。それは、交響楽団がDJに楽曲制作を依頼する、といういまだかつてないスタイル。実はこの動きの発端に、私は立ち会っている。04年のバルセロナ、ソナーという国際的な音楽フェスでの企画公演がまさにそれで、バルセロナ交響楽団&カタルーニャ管弦楽団に、坂本龍一をはじめとして、パン・ソニック、フェネスといったエレクトロニックアーティストたちが、ラップトップコンピューターで共演したのである。ちなみに、ドボルザークの「新世界」のオケ演奏に坂本龍一が絡ませたのは、イスラム世界のコーランのサンプリング音。新世界とはアメリカ大陸のことなので、このアイデアは批評的な意味合いを帯びるが、実際の音楽のほうは非常に美しく、融和的だったことをはっきり覚えている。

 その動きとシンクロするように、フランスのモンペリエ国立管弦楽団が、世界的なテクノDJで、クラブミュージック界では神格化されているジェフ・ミルズに楽曲制作と共演を依頼し、初演したのが05年。神業的なミックス手法や「ジェフ音響」とも言える世界観を打ち出し、数々の名アルバムをリリースし続けている才能に目をつけたのは、クラシックにおけるオーケストラサウンドに、まだ見ぬ可能性を見いだそう、という想いだったのではないだろうか。

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