ある連載でハンセン病を取材し、この事件とハンセン病との共通点に気づきました。それは、本人もしくは家族が匿名あるいは秘匿せざるをえないケースが多々あるということです。先進国である日本でなぜ「絶対隔離」が実践され、外界と遮断することで患者そのものの存在を抹消しようとしてきたのでしょうか。国立療養所「多磨全生園」は、かつて堀をつくって脱走できないようにしていました。本の「菊池恵楓園」には厚い壁がありました。やまゆり園の事件からは見えない壁の厚さを痛感させられました。

 世界を見渡してみるとキーワードは「壁」だということがわかります。メキシコとの国境に壁をつくると宣言した米国大統領。欧州にも壁をつくろうという動きがあります。同時に、人種・民族・宗教といった違いによる差別を肯定し「白人至上主義」を公然と語る動きもあります。これは俗流化された優生思想の表れかもしれません。

 そう考えると相模原殺傷事件と世界に起きていることはつながっているのではないでしょうか。事件に触れることが何か憚られるような空気が社会の中に蔓延していますが、声を上げている人がいるのです。私たちはその声をしっかりと聞き、この問題についての背景を知っていくべきでしょう。

AERA 2017年2月6日号

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姜尚中

姜尚中

姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

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