レバノン政府が難民キャンプや難民登録を嫌うのは、難民が定住して、同国の複雑な宗教・宗派問題に影響することを恐れているためだ。

 レバノンはイスラム世界の中東で唯一、キリスト教徒とイスラム教徒が半々の国だ。イスラム教徒でもスンニ派とシーア派が勢力を競う。1975年から15年間、宗教・宗派が争う内戦を経験し、90年の内戦終結に伴って、大統領はキリスト教徒、首相はスンニ派、国会議長はシーア派から出すという宗教・宗派の権力分有制を採用した。

 シリア難民のほとんどは、イスラム教スンニ派。レバノン国内では、彼らが定住することで国内政治の勢力バランスが変化することへの警戒感が強い。

●どの国にとっても損失

 そのような国内事情で、UNHCRが難民を直接支援する道は制限され、NGOなどを通じた間接的な支援が中心になっている。レバノンのシリア難民のうち7割が貧困線以下の生活で、学齢期の子ども50万人の半数にあたる25万人が学校に通っていないという。

 国際的人権組織ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は、レバノン国内にいるシリア難民の子どもが、教育を受ける権利を奪われることを警告する報告書を出している。

 報告書を担当したHRWベイルート事務所のバッサム・ハワジャさんは、

「レバノン政府はシリア難民の子どもたちを受け入れるために、公立学校を2部制にするなど対応策を出しているが、もともと社会的インフラが弱いこともあり、深刻な危機に対応できる状況ではない」

 と語る。

 さらに、政府が難民の子どもたちを受け入れる方針を打ち出しても、学校現場は受け入れに積極的ではない。そのために、ベカー高原の難民キャンプの父親が語ったように、近くの学校に申請しても拒否される事例が出ている。

 25万人にも上る子どもたちの教育機会を奪うことは、「失われた世代」を生み出す危険性をはらんでいる。

 HRWの報告書は、

「(彼らが)レバノンにいながら経済的に貢献することも、将来、シリアの再建で積極的な役割を演じることもできなくなることを避けなければならない」

 と警告している。(中東ジャーナリスト・川上泰徳)

AERA 2017年2月6日号