都内で84歳の母親と同居する女性Bさん(49)も、

「母が年を取ったらどうするかということは、もともと一切話をしていませんでした」

 と振り返る。山梨県内で一人暮らしをしていた母は、一昨年の夏ごろから腰痛や足のしびれを訴えるようになった。一時、症状は改善したものの、昨年1月に雪かきをして腰を痛め歩行が困難になった。要介護度2に認定され、ヘルパーの介護なしでは生活できなくなった。

 1月以降、Bさんは毎週のように都内から山梨に通う生活を続けたが、二地域を行ったり来たりする生活はあまりに忙しかった。かといって結婚している姉に母の面倒を見てもらうのは難しい。

「独身なので私が引き取るほうがいいかなと思い、母に『一緒に住まないか』と話をしました。最終的に母が東京に行くと決断しました」

●いつまで続くか不安も

 それまで住んでいた中野区の賃貸マンションでは手狭なため、足の悪い母のために1階の3LDKの賃貸マンションを探し、練馬区の物件を契約。10月末に母親が引っ越し、11月初めにBさんも入居。同居生活を始めた。ヘルパーに週2回、買い物の介助をしてもらっている。家賃は母親にも一部負担してもらっており、Bさんにとって同居後の経済的負担はさほどないという。二十数年ぶりの同居生活だが、今のところ大きな問題はない。

 引っ越し直後にBさんが病気で入院するという経験をしたことで、

「母の気持ちが以前よりわかるようになった」

 ともいう。まだ療養中で母親のようにゆっくりしか歩けず、仕事も本格的な再開はまだ。一緒に食事をつくり、就寝も起床も同じという生活をしている。

「まだそんなに手間がかかる状態ではないので、今は同居生活の練習期間という感じですね」

 生活は順調だが、この状態がいつまで維持できるかは母親の老いのスピード次第。母が身の回りのことをできなくなってきた場合への不安はある。

「そういう状況になったら、その後のことをまた考えるということ。大変なこともこれから多いでしょうけれど、人生経験になるかなと思っています」

 と前向きにとらえている。

 大阪府寝屋川市の英語塾講師・石山すが子さん(62)は、義母の介護と看取りを経験した。夫の文男さん(64)は長男で、愛媛県に住む義母のヨシエさんには、

「どうしようもなくなったら、あなたのところに行くからお願いね」

 と言われていた。

●親の希望に寄り添う

 2006年のゴールデンウィークに帰省した際、膝を悪くして要介護度3の認定を受けたヨシエさん(当時87)の生活の大変さを目の当たりにし、

「大阪に来ませんか」

 と提案。

「義母は人間関係が苦手で、当時デイサービスもあまり行きたがらなかった。夫の兄弟の間では介護施設に入れようかと相談していたけれど、施設より家でみてほしいだろうと。夫もいつかは世話をしなければと思っていたので賛成してくれました」

 ヨシエさんが快諾したため、そのまま大阪に連れて帰った。いずれは面倒をみようと考えていたが、急転直下の展開に、同居しながら簡易トイレを買いに行ったり、階段や風呂に手すりをつけたりと対応していった。

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