●本にできること考えて

 小説世界とファインペーパーが出合う──このユニークな展示会はどのようにして生まれたのだろうか。

 同書の企画編集をし、造本も手がけた、日本図書設計家協会の柳川貴代さんに聞いた。

「今回の展示会は、紙の専門商社である竹尾さんと一緒だからこそできた企画です。今回の本は、それぞれの作品ごとに用紙を変え、その銘柄や色、斤量などのスペックも扉に掲載しています。もちろん小説の世界に合う用紙を選んでいるのですが、同時に、この本そのものが紙見本帳にもなるようにつくりました」

 日本図書設計家協会の設立は1985年。その後の30年の間に、本を取り巻く環境は大きく変わった。同協会会長の宮川和夫さんは「協会を立ち上げた人たちが予想もしなかった世界に、私たちはいます」と語る。

 スマートフォンやSNSの普及で、紙媒体による情報は圧倒的に遅いものとなった。紙離れ、本離れは激しくなる一方だ。

「だからこそ、本に何ができるのか、古いビジネスモデルにこだわるのではなく、現在の問題も含めて、本というもののあり方を考えていきたいと思います。今回の企画も、そうした提案の一つなのです」(宮川さん)

 非常に手がかかる造本なので、『本迷宮』は文字通り「限定300部」で、増刷は考えていないそうだ。本好き、紙好きのマニアは、巡回展でぜひとも手にすることをお勧めしたい。

 一方、『本迷宮』のもう一方の主役は、そうしてできた「本」に作品を載せる作家だ。彼らは、紙の可能性をどう感じているのだろうか。

●装丁良い本は裏切らず

「紙の手ざわり、活字の大きさ、挿絵の有無──そういったものすべてを含めて、『本』になります。単なる情報ではない。だから、むかし訪ねた町を思い出すように、本の記憶が、よみがえる。今回、さまざまな装丁の形を示していただき、同じ町が、春夏秋冬、朝昼晩で姿を変えるのを見る思いがしました。本ならではの魅力が、ここにあります」

『空飛ぶ馬』(89年)でのデビュー以来、本をめぐる謎や物語を数多く書いてきた北村薫さんは、こんな言葉を寄せてくれた。

 なるほど、『本迷宮』のデザインを見ていると、さまざまな国のさまざまな季節を見るようだ。内容面で一冊の本が、読者によって印象を全く変えるように、音も出さず動きもない「本」という存在そのものが、どれほどの豊かな世界を持っているのか。装丁する人によっても、同じ物語がここまで印象を変えるのかと驚かされる。

 同じく「本迷宮」の企画に参加した作家、皆川博子さんの言葉で、この記事を終えることにしたい。

「未知の作者の、内容も全くわからない作品であっても、ブック・デザインにひきつけられ、求めることがあります。その場合、内容も裏切られることはありません。魅力のある造本は、それ自体が一つの芸術作品です」

(ライター・矢内裕子)

AERA 2016年12月26日号