キム・ギドク 1960年生まれ。代表作「嘆きのピエタ」(2012年)のほか、南北問題を描いた「レッド・ファミリー」(13年)の脚本・製作も務めている(撮影/倉田貴志)
キム・ギドク 1960年生まれ。代表作「嘆きのピエタ」(2012年)のほか、南北問題を描いた「レッド・ファミリー」(13年)の脚本・製作も務めている(撮影/倉田貴志)

 キム・ギドク監督の最新作は「The NET 網に囚われた男」。世界三大映画祭を制覇してきた韓国の鬼才は、なぜいま社会派のテーマを選ぶのか。

 二つの国に翻弄される男の姿を描く「The NET」。ボートの故障で韓国に流される北朝鮮の純朴な漁師が主人公だ。なぜ南北問題をテーマに?

「いま韓国と北朝鮮の関係は、これまでにないほど緊張状態にあります。再び戦争が起きるのでは……?という恐怖を国民の多くが感じているのです」

 大きな要因は、米政府が今年7月に在韓米軍に配備を決めたミサイル防衛システムTHAAD(サード)だという。

「北朝鮮の核の脅威は現実なのか? 誰もわからないまま着々と戦争の準備が進められているようなものです。日本からも憲法9条改正問題が伝わってくる。そんな状況のなかで『南北の本質的な問題とは何か』をのぞき込み、伝える必要があった」

 ギドク作品の代名詞である過激な描写は抑制されている。

「今回はあえて“見せない”手法を取りました。残酷なシーンはなくても、主人公が網にかかった魚のように南北の間で引き裂かれ、血を流す。そんな心理的な暴力を描きたかった」

 主人公と韓国の若い捜査官の心の交流もある。だがこの捜査官の思いやりが、北に戻った主人公を追い詰めることにもなる。

「韓国の支援団体から主人公にたくさんのプレゼントが贈られるシーンに象徴されますが、韓国は北朝鮮をずっと“貧しくて不幸な国”という哀れみの目で見ている。でもその視線は誤ったものかもしれない。本当に彼らに必要なものは『人権』で、高級カメラやお金ではないんです。そんな我々の思い込みも表現したかった」

●福島を描いた問題作も

 前作「殺されたミンジュ」(2014年)では韓国社会と政治の闇を描いた。朴槿恵大統領を巡る一連の問題も、韓国の隠されてきた“膿”だと指摘する。

「でも膿が破裂すれば新しい皮膚が再生する。いまの状況は変革のための大きなチャンス」

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