もちろん、これは正しいことではない。とりわけ、具体的にはほとんど政策の中身がないままで政権が選択されたということは深刻な問題であるし、アメリカという言葉を大切に開かれた社会をつくってきた国で、言葉が「象徴的な比喩」としてもてあそばれたということの弊害、そして「内輪だけの盛り上がり」を優先することで多様性の実現という「社会性」が否定されたことは大きな問題である。

 だが、その一方で、これからのグローバル社会では「先端的な知的労働」だけが評価され、それ以外の人々は再分配に期待するか、学び直しの遠回りをしないといけないという、ヒラリー氏が提案した「先進国モデル」が否定されたということの意味は、21世紀の世界に共通の課題としてもっと深刻に受け止められていいだろう。

 一つだけ救いがあるのは、トランプ氏の勝利宣言スピーチが、これまでの暴言・放言スタイルとは180度打って変わった慎重な内容だったことだ。特に冒頭で「分断の傷を克服し、団結を」と呼びかけたことは、この日のこのタイミングで正に「一番言わなくてはならない」ことを、最も適切な言い方で表現していた。退役軍人を大事にし、高速道路や学校などのインフラを再建するといった、これまでの共和党が言わなかったことも盛り込み、これまでの発言と矛盾しないよう、よく練り込まれたこともうかがわせる。このスピーチを聞いて、うまく政権を運営できる可能性も4割ぐらいはあるんじゃないかと思ったほどだ。

●和解への流れできた

 夜のうちに敗北演説が間に合わなかったヒラリー氏も、すぐにトランプ氏への電話で敗北を認め、一夜明けた9日の午前中のうちに立派な敗北宣言を行っている。選挙戦中は厳しい言葉でトランプ氏を批判し続けたオバマ大統領も、政権移行への協力を約束している。とりあえず、和解と協力への流れはできた。

 ここから先のプロセスで、自分たちが選挙戦を通じてもてあそんだ「言葉への信頼」や「共存できる社会的空間」をしっかり再建できるかが、その「和解」実現のかぎとなろう。最大の注目は、新政権の顔ぶれだ。有能な人材が適材適所に配置され、それこそレーガン政権のように大統領がその助言を聞いて政権のかじ取りをしていくのか、あるいは過去に冷遇されてきた異端の人材ばかりを集めて危険な判断が繰り返される政権となるのか、これからは一日一日の動きから目が離せない。(寄稿/冷泉彰彦氏)

■トランプ氏の勝利演説(抜粋)

 クリントン(前国務)長官からちょうど電話をもらった。彼女は我々の勝利を祝福した。私は彼女と家族に対して、とても激しく戦ったことをたたえた。

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