ホワイトハウスの会見室前方には、49の椅子が並び、主要メディアをはじめとする名物記者が座る (c)朝日新聞社
ホワイトハウスの会見室前方には、49の椅子が並び、主要メディアをはじめとする名物記者が座る (c)朝日新聞社
両候補をめぐるメディア相関図(AERA 11月21日号より)
両候補をめぐるメディア相関図(AERA 11月21日号より)

 ドナルド・トランプ大統領の誕生は、米国の主要メディアの敗北を意味する。「資質」のなさを全力で暴こうとしたが、彼の支持層へ届いていなかった。

「ヒラリーは、悪霊だ」

 極右系のラジオパーソナリティー、アレックス・ジョーンズの低い声がカーラジオから響きわたる。

 11月8日の投開票日を前に、中西部オクラホマ州、南西部アリゾナ州などを1週間、車で回り、現地のトランプ支持者が毎日聞いているジョーンズのラジオ番組を聞いて、私は気分が悪くなった。

「ヒラリーに投票することは、数十年にわたる児童の人身売買とセックスに賛成することになる。悪魔に投票するに値する」

「(ヒラリーが国務長官時代の)私設メールサーバーからのメールは、首都ワシントンにおける巨大な児童人身売買と児童セックスのグループの存在を白日の下にさらした」

 といったニュースが、ほぼ20分おきに繰り返される。投開票日のわずか11日前、メールサーバー問題に関して、米連邦捜査局(FBI)が、ヒラリー・クリントンに対し、いったん打ち切った捜査を再開すると表明した直後に激しくなった。

●「ヒラリーは刑務所に」

 FBIはその後、投開票日2日前、当該メールには、クリントンを訴追の対象とする証拠はなかったと発表した。だが、ジョーンズのラジオ番組は、全米100局以上のローカルラジオ局で放送されている上に、スマホのアプリなどでいつでも聞ける。彼の番組は、トランプの選挙集会の様子を伝えることもなく、クリントンを徹底的に批判し、偏った情報に満ちていた。

「人身売買、児童セックス」という情報を真実だと信じたトランプ支持者は、ツイッターなどでこう言い始めた。

「ヒラリーは、刑務所に入るべきだ」

 オバマ大統領が「歴史上これほど資質がある候補はいない」と太鼓判を押したクリントンに「とどめ」を刺したのは、こうした“極右系”の白人労働者階級だった。プロの記者がほぼいないという「新興メディア」を主な情報源とする彼らが、中西部でクリントン敗北を決定的にした。

 それに対し、ニューヨーク・タイムズをはじめとする主要メディアはトランプの過激で差別的な発言から、税金を合法的に逃れていた問題や、女性に対するセクハラ問題などを集中的に報道。トランプが「危険な」候補者だと伝えてきた。だが、その情報がトランプ支持者に届いたとは、およそ言い難い。

 党の指名候補を選ぶ予備選挙中の出口調査によると、トランプ支持者の半分弱は年収5万ドル以下の中間層だ。一方、有力紙ニューヨーク・タイムズの読者の平均世帯年収は16万4千ドルで平均年齢は43歳(宅配読者のみ)。若くして成功した高所得者層しか読んでいない。トランプ支持者の多くは、同紙を一生読まないに違いない。

次のページ