しかしながら、住民説明会では「補修で強度は回復します。価値は戻ります」と三井側は主張し続ける。管理組合の理事たちは情報をマスコミに流すかどうか悩んだ。報道されれば問題が公になり、相手に圧力をかけられる。半面、風評被害も生じ、資産価値が下がる。結論を出せず、悶々としていたところに日経新聞が「虚偽データで基礎工事 横浜、大型マンション傾く  三井不系が販売」とスクープを放った(15年10月14日付)。

 ここで三井側は態度を一変させる。三井不動産レジデンシャルの藤林清隆社長が住民説明会に現れ、陳謝したうえで全棟建て替えを提案した。それにしても、なぜ日経だけがスクープできたのか? 男性の住民が「これだけ大きなマンション、いろんな人が住んでますよ。マスコミの人もね」と耳打ちした。

 管理組合は「1年以内に建て替え決議、5年以内に新築マンションに戻ろう」と目標を定める。まずは5分の4以上の賛成をとらねばならない。15年12月、管理組合は弁護士や建築ジャーナリストらを招いて住民対象の建て替えシンポジウムを開く。同月から16年1月にかけて行われたアンケートでは705戸中628戸、89.1%が全棟建て替えに賛成した。シンポジウムは奏功した。この局面で推移を見守っていた三井側は、一転、管理組合に建て替え方針再考の揺さぶりをかけたと囁かれる。

●「事前開封」で票固め

「住民だけで5分の4以上」というハードルを越えようと、管理組合は票固めに邁進する。

 そして、建て替え決議集会の直前、あっと驚く手を打った。所有者が賛成、反対を記した議決権行使書を、弁護士立ち会いのもとで「事前開封」したのだ。三井側72の議決権行使書は、事前提出されておらず、そこに含まれていない。管理組合の理事が事前開封の意図を語る。

「建て替えの議決権行使書は、通常の総会で議案に〇×をつけるようなものではなく、権利者全員のサインや判子が必要な厳格なもの。書類に不備がないかチェックしたんです。決議集会本番で調べていたらとても時間が足りませんからね」

 結果的に「住民だけで5分の4以上」に達したことが確認できた。その事実を三井側に伝え、賛成に回るようダメを押す。かくして三井側も集会当日、72の賛成票を投じたのであった。

 管理組合と三井は舞台裏で神経戦を展開してきた。来春には着工予定だ。当然、建物の安全性の担保が焦点となる。建て替え修繕委員長は「再建マンションの設計、施工には万全を期す。住民側で現場常駐の監理技術者を選びたい」と言う。三井側は「一日でも早く安心して暮らしていただけるよう、誠心誠意対応してまいります」と応じる。再建まで早くて4年。神経をすり減らす闘いはまだまだ続く。(ノンフィクション作家・山岡淳一郎)

AERA 2016年10月10日号