「それほど大変な手術ではなくても、死亡リスクが同意書に印刷文字で記入されているケースが目立つようになっている。同意書に書いてあれば『予期せぬ死』にならず、センターに届け出る必要もないだろうという発想を病院側が持っているとすれば問題です」

 医療安全が専門の名古屋大学医学部附属病院の長尾能雅副病院長(47)の試算では、医療行為に伴う年間の死者数は、過失の疑いを否定できない死亡が500~1500人程度。その他、やむを得ない合併症と考えられる死亡は3万人程度という。

 少なくとも医療事故調査制度の年間の届け出数は、前者の数字に近くなるのが自然だろう。

 長尾さんはこう話す。

「医療安全に長年求められてきたのは、過失の疑いを否定できない人為的ミスによる不幸な死亡を減らすこと。再発防止のためには丁寧な調査が必要だ。しかし、制度では『予期せぬ死』の判断に幅を持たせているため、何から調査すべきかわかりにくい。調査の精度も医療機関により異なっており、それらも標準化する必要がある」

 医療過誤による被害者とその遺族のサポートをする医療過誤原告の会には、年間150件を超える相談が届く。宮脇正和会長(66)は、こう話す。

「医療事故調査制度は医療者側に立ったものであり、被害者は置き去りにされたままだ。遺族側から院内調査を依頼できる体制にしなければ、医療の安全は獲得できない」

●早くも制度を一部改正

 こうした患者側の声を受け、今年6月に制度が一部、改正された。センターを運営する日本医療安全調査機構の木村壯介常務理事(72)はこう説明する。

「医療機関が『予期せぬ死』と判断しなくとも、センターに届いた遺族の調査要望を医療機関に伝えられるように改正されています。法的に強制力はないが、遺族の声が医療機関へ伝わる第一歩になりました。また、全国にある支援団体が協議会をつくり、予期せぬ死の判断基準を標準化する方向で検討も始まっています」

 見えてきた多くの課題。同制度に命を吹き込むには、まだまだ議論が必要なようだ。(編集部・澤田晃宏)

AERA 2016年9月26日号