●命令、否定はNG

 先生から学んだのは人としてのふるまいだ。特に印象深いのが、クレープ屋さんごっこでズルをした児童に七瀬さんが抗議したときのこと。

「先生はズルをした子たちに理由を聞いたんです。この子たちにも言い分があるはずだと。ダメなものはダメという一方的な態度では解決しないと気づいた瞬間でした」(七瀬さん)

 七瀬さん自身も先生に怒られた記憶はない。幼稚園教諭に指導を行っているお茶の水女子大学・内田伸子名誉教授(発達心理学)は言う。

「保育者は否定や禁止、命令の言葉を使わないようにしています。私たちがやるべきは指導ではなく援助。子どもがつまずいたら、こうしたらいいんじゃない?と提案してみるんです。指示するのは簡単ですが、それでは想像力が育ちません」

●学習院のメソッドも

 お茶の水幼稚園では読み書きも教えない。早期教育や塾通いが流行する中、真逆の方針だ。

「大事なのは、読み書きで表現したくなるような内面、つまり自分で考え探究する力を育てることです。それに、一斉保育よりも、子ども中心で遊び時間が長い自由保育のほうが語彙力が高い。論理的思考力もしっかり育っていることが分かりました」(内田さん)

 お茶の水附属は一般試験の合格率が、幼稚園は男子約15倍、女子約20倍、小学校は約50倍ともいわれる超人気校だ。しかし悠仁さまが代々、皇室の教育を支えてきた学習院ではなくお茶の水に進んだことは、少なからぬ驚きを世間に与えた。皇室の伝統を研究してきた学者は、現状に不満をもらす。

「学校は何を学ぶかより誰と付き合うかが大事です。人脈づくりには、華族の方々の学習機関としてつくられた学習院のほうが適しているでしょう。幼いうちは学習院で人間としての基礎を固め、お茶の水が大切にしているような多様性を学ぶのは、高校や大学に進学してからでも遅くないと思うのですが」

●竹島領土問題も議論

 名門幼稚園・小学校の受験塾を主宰する男性は両校の特徴を、昔ながらの「保守的」な教育を続ける学習院、「研究」に熱心なお茶の水と評する。

 昨年2月、そのお茶の水小の授業を見るために全国から約3千人の教師が集まった。お茶女名物、教育実際指導研究会、通称・公開研だ。池田全之校長は、授業の特色をこう述べる。

「教科書の内容をよく咀嚼した上で、それを子どもたちの身近な生活に生かせるよう組み直しています」

 最もそれが表れているのが、一昨年まで「市民」と呼ばれていた社会科の授業だ。3年生は「新大塚公園をより良くするには自動販売機は必要か」、4年生は「M7級の首都直下型地震からどうやって身を守るか」などを調査し議論を交わす。高学年になると「岩手県大槌町に残っている庁舎は壊すべきか」「竹島の領土問題を考えよう」など、ことさら教育現場での政治的中立が叫ばれる昨今でも、臆することなく時事問題を取り上げる。目的は政治的リテラシーを身につけることだ。

「テーマの是非ではなく、互いの考えの相違点を発見しその理由まで理解してほしい。そして合意するのかしないのか、社会集団の一人として考え抜いてほしいのです。18歳選挙権が始まった今、こういうプロセスを年齢に見合ったかたちで学んでいく必要があると思います。知識は古びても思考は財産になって残っていくはずですから」(池田校長)

 社会問題を通じて、異なる他者の考えを受け入れ、思考を深める。シティズンシップ教育は日本の皇室の伝統にどんな風を吹き込むのだろうか。(編集部・竹下郁子)

AERA 2016年9月12日号