しかし2年前、自らが立ち上げた劇団四季代表を退任することになり、舞台づくりの場を失いかけた。いま、その時のことを尋ねると、浅利は、

「年を取ったからやめただけですよ」

 と言葉少なだ。ただ、これをきっかけに、舞台への思いは一層燃え上がったように見える。

 個人事務所の浅利演出事務所をベースにオーディションで出演者を集め、四季とも劇場の使用や切符の販売で協力関係を築いて、自主プロデュースの公演体制を整えた。劇団の経営という重荷を下ろし、日下(くさか)武史らと四季を立ち上げた60年以上前の初心に戻ったかのようだ。この1年半ほどの間に、「オンディーヌ」「ミュージカル李香蘭」「思い出を売る男」「この生命誰のもの」と、意欲的な舞台を続けざまに演出してきた。

●できる限り上演したい

「李香蘭」はなかでも、浅利自身が、今後もできる限り上演し続けたいと念願する舞台だ。

「李香蘭の人生は、日本の歴史そのもの。彼女の人生を物語ることで、その背景にある日中戦争から太平洋戦争へと進む日本の姿を映し出しています。戦争はどのように始まりどう変化し、どのように終わったのか。戦争を経験した者として、あの戦争を語り継ぐ責任が自分にはあると思っています」

 浅利は、歌とダンスが織りなすミュージカルの力を信じ、若い世代に、その痛切な思いを伝えようとしている。稽古場に立つ83歳は年齢を感じさせず、怜悧(れいり)でエネルギッシュだ。少しずつ、昭和の狂気が再現されつつある。(ジャーナリスト・藤原勇彦)

AERA 2016年9月5日号