「改修費の総額を出すにも、調査費として50万円が必要だと言われています。改修が進まないのに支出だけが増えていくのは、勘弁してほしい」(同)

「運命共同体」といわれる分譲マンション。平時のゴミ出しや建物の保守などは管理会社まかせで気楽と考える住民も多いだろうが、いざ地震で被災すると、住民は建て替えか改修かなど、重大な判断を迫られる。

 とくに1981年以前に建てられた物件は、地震による倒壊や損傷のリスクが高いとされる。同年に建築基準法が改正され、震度6強から7程度の揺れに耐えられるよう耐震基準が強化されたが、それ以前は震度5強程度とされていた(71年にも帯筋基準が強化)。東京都の調査では、都内の旧耐震基準で建てられた分譲マンションは、2011年の時点で1万1892棟にのぼり、うち1万89棟が23区内にあった。世田谷区や港区などに多い。

 マンションが戸建てと大きく異なるのは、建て替えや改修などを自分だけでは決められず、住民の合意形成が必要なこと。そして、それが極めて難しいことだ。法的には区分所有建物とされ、各住戸の「専有部分」と、権利を共有する「共用部分」が複雑に入り組んでいる。

「実は建築費の内訳でいえば、専有部分は2割ほど。玄関のドアやコンクリートの柱など8割は共用部分です。部屋の内側の皮1枚が自分のものなのです」

 マンションの区分所有をそう表現するのは、1級建築士で建築事務所遊空間工房代表の野崎隆一さん。21年前の阪神・淡路大震災後、5棟の被災マンションの建て替えに携わった経験から、こう話す。

「住民はそれぞれが自分に都合のいい情報を集めてくる。話し合いには、まず情報共有の基盤が必要です」

●建て替えvs.改修で訴訟

 阪神・淡路大震災は都市直下型だったため、建て替えか改修かをめぐりマンション住民同士が争うケースが多発した──。

「最後の1棟の面倒、見てやってくれませんか」

 野崎さんが兵庫県の担当者からそんな打診を受けたのは06年。地震発生からすでに10年以上の歳月がたっていた。震災復興のコンサルタントとして県から派遣された先は、宝塚市内の131戸、5階建てのマンション。建て替えに反対する高齢の女性が一人だけ住み続け、事業が立ち往生していた。

「時間の経過で状況が変わり、当初携わっていた県の公社もディベロッパーも事業から降りてしまったんです」(野崎さん)

 被災直後、管理組合は建て替え決議をした。しかし、その無効を求めて住民2人が提訴。当時の法律では、建物の維持に「過分の費用」が必要な場合に限り建て替え決議が有効だった。改修費用が「過分」かをめぐって争い、建て替え決議有効の判決が確定したのが04年。その間に一部の住戸は競売にかけられ、地上げ屋のような業者が入って「虫食い状態」になった。

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