バドミントン女子ダブルス悲願の金 「負けちゃうかと思った」

栗原正夫AERA#リオ五輪
 驚異の粘りで大逆転劇を演じて見事に金メダルをつかんだ“タカマツ”。結成10年目の2人は流れるようなプレーで世界の頂点に立った。

【写真特集】高橋・松友 リオ五輪金メダルへの軌跡

「正直もう負けるかなと思った」と松友美佐紀(24)が振り返れば、高橋礼華(26)も「一瞬、負けちゃうかと思った」と回想した。

 リオ五輪バドミントン女子ダブルス決勝。1―1で迎えた第3ゲーム、16―19と3点のリードを許した“タカマツペア”は、崖っぷちに立たされていた。あと1点許せば、デンマークのリターユヒル、ペデルセン組にマッチポイントを握られてしまう。しかし、そこから怒濤の5連続得点で同種目では日本勢初の金メダルを手にした。

●土壇場で驚異の粘り

「とにかく一本でも相手をオッと思わせたいとやってました」

 と松友は半ば開き直りに近い心境が功を奏したのでは、と告白する。一方の高橋は「前日に(レスリングの)伊調(馨)さんが逆転勝ちした試合を見たことを思い出し、ここからでも逆転できる」と思い直したという。

 タカマツペアにとっては、世界ランク1位で臨んだ初めての五輪。第1ゲームを一進一退の末に18―21で落とすと、第2ゲームは緩急をうまく使った戦いぶりで21―9と奪い返す。勝負の第3ゲームは互いに譲らず16―16からデンマークペアに3連続得点を許し一度は突き放されかけた。だが、土壇場でも驚異の粘りで試合をひっくり返した。

 コンビネーションが問われるダブルスの世界でも、タカマツのように10年続くペアは稀。小柄な日本人選手が大柄でパワーのある外国人選手に対抗するためには、細かい連係が生命線になる。どちらかが前へ出れば、もう一人が後ろをカバーする。流れるような動きを成熟させて世界と渡り合えるようになった。

 出会いは高橋が小学5年生、松友が小学4年生のとき。高橋が所属していた奈良のチームが松友のいる徳島のチームに遠征し交流大会を行い、決勝で対戦もした。そこからお互いを意識するようになり、高校は同じ仙台の聖ウルスラ学院英智高に進学し、高橋が2年生、松友が1年生のときに初めてペアを組んだ。

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