こんにち、まともな国ではヘリマネは「禁じ手」とされている。歯止めがきかないと世の中に出回るお金が増え続け、激しいインフレを引き起こすからだ。高橋も日銀による国債の直接引き受けを「一時の便法」と明言し、日本経済が回復軌道に乗ればストップする考えだった。

●禁断の打ち出の小づち

 現実は違った。軍事費増額を求める軍部の圧力がどんどん強まり、直接引き受けは続いた。歯止めをかけようとして軍部と衝突した高橋は、36年の二・二六事件で青年将校に暗殺された。政府の財政赤字は膨らみ続け、敗戦直後のハイパーインフレにつながったのは周知のとおりだ。

「軍国主義の台頭や戦争という特殊事情が財政規律の喪失を加速したのは事実です。しかしそもそもの発端は、日銀の国債直接引き受けという打ち出の小づちを政府に渡したことでした。人間は弱い。選挙で政権の座を争う民主主義国の政治指導者が、この誘惑に勝つのはきわめて難しい」(ゴールドマンの馬場氏)

 だからこそ日本を含む多くの国は法律などで、中央銀行の国債直接引き受けを原則として禁じている。安倍政権が本当にヘリマネ導入を宣言しようものなら、極端な「日本売り」を招いて日本経済は大混乱しかねない。ヘリマネを巡る一連の流れは、「もしや」というムードだけを盛り上げ、マネーゲームのネタを提供して株価を維持する「官邸の情報操作」(日銀OB)だという見方は少なくない。

 ただ、今の日銀は直接引き受けこそしていないが、来年には発行済みの国債の半分近くを一手に引き受けることになる。高橋財政のころより、「打ち出の小づち」としての役割はむしろ大きくなっている。

 法政大学の小黒一正教授はこう警告する。

「現状はすでにヘリマネに近い。このまま日銀が国債を買い続け、政府が財政出動を繰り返し、異次元緩和の手じまいが不可能となれば、いずれ本当のヘリマネと同じ結果を招きます」

(編集部・庄司将晃)

AERA 2016年8月8日号