農村が広がる中西部で、農家やカウボーイらが厳しい自然や農場の環境と対峙しながら育んできた誇り高き精神。しかし、農家やカウボーイの数は、大企業が経営する大規模農場に押されて、減る一方だ。それでも、中西部の精神を忘れないため、同博物館は、カウボーイ150年の歴史、牛や馬に乗る時間を競うロデオなどを、膨大な展示物で網羅する。対立、そして迫害しながらも、革細工などで文化的な影響を受けてきたネイティブ・アメリカンの遺産を紹介するコーナーもある。

 シングルトンは、カウボーイハットを二つ持っている。

「タキシードやスーツでも、カウボーイハットをかぶる。そうやって、文化や誇りを忘れないようにしていることの表れが、この博物館になった」

 旅の終着点である中西部の都市、オハイオ州クリーブランド(人口39万人)では、7月18日から共和党大会が始まった。19日には、各州の代議員が各候補に何票を投じるかを発表する形式で指名投票が行われ、トランプの指名が正式に決まった。南部・中西部の代表が、ドラマチックにトランプの名前を叫ぶ。北東部や西部の州とは、異なる盛り上がりぶりだ。街には全身赤いスーツ、ワンピース、Tシャツ姿の人があふれる。

●ソーシャルメディアが煽る有権者の怒り

 中西部ミシガン州から駆けつけていた救急隊員タイラー・シーツ(22)は、極右のラジオ番組やウェブサイトを常にフォローしている。

「トランプは人種差別主義だ、というのは、おかしい。彼は2万2千人の従業員を食わせていて、そのうち6割が移民だ。有力紙ワシントン・ポストなど、メインストリームのメディアがトランプの攻撃ばかりするために、偏向していると思われて当然だ。彼らが言うことは聞き飽きた。変化が必要だから、トランプがワシントンには必要なんだ」

 シーツはそう主張する。

 一方、オハイオ州メダイナ(人口約18万人)で出会った世論調査会社で働く男性ブライアンは、反対の立場だ。同州生まれだが、クリントンを支持している。

「今の共和党は全くおかしい。トランプが大統領になるなんて、想像すらできない。それなのに、これまで投票に行ったこともない人が、トランプに熱狂している。それに、今回の選挙は、なんでこんなにも嫌悪が立ち込めているのか。両候補者も含め、誰もが怒鳴りあっていて、まともな議論ができない。いつも批判ばかりでポジティブさがない」

 その傾向はソーシャルメディアのせいだと、ブライアンは続ける。

「ソーシャルメディアのおかげで、不満を抱えた人たちが好きな時に、攻撃的なコメントを見て、『いいね!』できる環境ができてしまった。それが有権者の怒りを煽ることになる」

 ガールフレンドのモニカも、こう指摘する。

「大統領選に出る前から、多くの有権者がツイッターでトランプの論調に慣れてしまっているから、大統領になってから何をするかなんて考えずに、支持している」

 近くでこの2人の話を聞いていた老人は、怒ったようにこう言葉を放った。

「単なるショーマンシップだろう! 大統領になったら、人が変わったように仕事をする。心配するな」

 中西部のレッドステートの人々は、葛藤と不満の中で、ポピュリストのトランプになびいている、と米国のメディアや知識層は思い込んでいる。しかし、本来は、自らの生活が良くなる大統領を選びたいという純粋な人々だ。「古き良き時代」を支えた中間層が縮小し、生活苦にあえぐ中で、その純粋さが失われ、怒りへと変わってきている。(文中敬称略)

(ジャーナリスト・津山恵子)

AERA 2016年8月1日号