「夫が引退したら、昔の米国人のように、日本やオーストラリア、アフリカを旅したかった。でも、子どもの教育費もかかり、そんなの夢に終わるに決まっている。私のママでさえ、71歳になるまで働かなくてはならなかった。今の米国では、夢を描いたら、つらくなるだけなのよ」

 一面に広がるトウモロコシ畑の中を2車線の道路が走る。インディアナ州デール(人口約1500人)のマーク・ラベフセン(60)は農場経営者だ。周辺は小規模農家が多く、身を粉にして働き、質のいいトウモロコシを出荷することに誇りを持つ。

 ラベフセンは、秋の収穫祭実行委員長。彼の農場の看板には「ウイ・ラブ・コーン」と書いてある。飼料用トウモロコシの価格は、原油価格や需給関係により大きく変動して収入を左右するため、不安が絶えない。彼の息子は、先物市場のブローカーとの連絡を毎日欠かさない。

 ラベフセンの不満は、首都ワシントンの政治家の仕事ぶりに向けられた。

「今の党派主義的な議会では、何も決まらない。でも、とことん議論するのが議員の仕事だ。法案について採決に持ち込めないなら、徹夜して、何日も閉じ込められてでも、採決すべきだ。作物や牛は待ってくれないから、俺たちは徹夜もする。政治家が徹夜してでも、法案を採決しようとしないのはなぜなのか」

●タキシードや背広にもカウボーイハット

 インタビューをしていた公園の木のテーブルを何度も平手で叩き、ラベフセンは別れ際に突然こう言った。

「この土地では、謙虚、質素、誇りを持つこと、それがすべてなんだ。俺はこの土地を離れられない。だから、農業を続けさせてくれるリーダーが必要だが、今の候補者2人には期待できない」

 中西部の精神を探るため、農業が盛んなオクラホマ州オクラホマシティー(人口約63万人)の国立カウボーイ・西部歴史博物館を訪ねた。キュレーターのエリック・シングルトンは、同州の農場の生まれだ。

「カウボーイというと、ノスタルジーを抱く人が多いが、とてもつらい仕事だ。牛は、食わせなくてはならないし、休みはくれない。ある冬の寒い日、父親がコートのジッパーを上げて、唇を巻き込んだが、寒くて気がつかなかった。家に帰り、ジッパーを下ろした途端、血が噴き出した。そこで学ぶのは、文句は言うな、気高くあれ、という文化だ」

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