「デモ行進を警察が実力行使で止めると、賠償責任を問われてしまう。人体を傷つけるような明らかな暴力行為がない限り、警察はあくまでトラブル防止の『お願い』しかできないのが現状です」

 と、もどかしい思いを口にする。これまでも警察は、デモ隊ではなく、道路に座り込むカウンターを排除しなければならないことがあったが、今後も同様の事態が続く可能性があるという。

●慎重な条件設定を

 また、ヘイトスピーチの対象が「適法に居住する在日外国人とその子孫」と定められたことから、アイヌ民族や難民認定申請者などへの差別が許されると解釈される恐れも。海外のヘイトスピーチ規制に詳しい静岡大の小谷順子教授(憲法学)は、

「他国は、法律の中で禁止することを明言し、刑罰を設けるなど、人種差別の撲滅にきちんと向き合っている。一方、日本のヘイト対策法の条文には『人種』『民族』という言葉が一度も出てきません。表現の自由を規制しようという法律なのだから、人種差別を撤廃しようという国際的な流れを汲んだ上での、もっと慎重な条件設定が必要です」

 と指摘する。

 課題を抱えながらの船出。だが、同法の成立に奔走した民進党の有田芳生参院議員は、

「今回の川崎のデモで、実効性は示されたと思います。明確な罰則はなくとも『法律違反』ではあるために、デモ隊に萎縮が見られましたし、反対派によって押し戻すこともできた。何より、ヘイトスピーチに中立の立場をとってきた国が、明確に『差別はダメだ』と言ったことの意味は大きい」

 前出の崔さんも、

「キラキラ輝く、宝物のような法律です」

 と話す。差別がなくなる日にむけた一歩が踏み出されたことは間違いない。(編集部・古田真梨子)

AERA  2016年6月27日号

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古田真梨子

古田真梨子

AERA記者。朝日新聞社入社後、福島→横浜→東京社会部→週刊朝日編集部を経て現職。 途中、休職して南インド・ベンガル―ルに渡り、家族とともに3年半を過ごしました。 京都出身。中高保健体育教員免許。2児の子育て中。

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