映画「帰ってきたヒトラー」(デヴィッド・ヴェンド監督)の一場面。人々の心を捉え、取材を受けながらサインする (c)2015MYTHOS FILMPRODUKTIONS GMBH&CO.KG CONSTANTIN FILM PRODUKTION GMBH
映画「帰ってきたヒトラー」(デヴィッド・ヴェンド監督)の一場面。人々の心を捉え、取材を受けながらサインする (c)2015MYTHOS FILMPRODUKTIONS GMBH&CO.KG CONSTANTIN FILM PRODUKTION GMBH

 小説は、「現実」だった。映画「帰ってきたヒトラー」は、図らずもドイツ人の本音を浮き彫りにした。インタビューに応じた主演俳優の表情には、そら恐ろしささえにじんだ。

 ヒトラーが21世紀によみがえり、テレビやネットで人気をさらう──。そんな世界的ベストセラー小説『帰ってきたヒトラー』が映画化、日本で公開中だ。

 映画は、1945年に自殺を図ったはずのヒトラーが2014年のベルリンで目覚めるという設定で始まる。道行く人は「役者かコスプレ芸人だろう」とおもしろがり、やがて彼はバラエティー番組に出始める。巧みな発声や間合いで貧困の蔓延(まんえん)や既存政治を批判し、ブームとなる。

●2万5千回の自撮り

 映画が小説と違うのは、随所に「現実」をとり入れた点だ。ヒトラーに扮(ふん)した俳優のオリヴァー・マスッチ(47)が街の人々や政治家と語る場面の大半は台本なしのアドリブ。ドキュメンタリーの手法を用いてゲリラ的に撮影された。後半の酒場のシーンも、「国のために死ぬ」と口にした女性をはじめすべての人が一般客。撮影を許可した人たちの顔にはモザイクもない。

「『カメラの前で本音を言うわけがない』。最初はそう言われたし、受け入れられると思わなかったから驚いたよ。撮影中も外国人排斥や人種差別を口にする人がいたんだ」(マスッチ)

 特徴的な口ひげに人工の鼻、しわやくまの再現……毎回2時間かかるヒトラーのメイクは、おいそれとは落とせない。撮影でドイツ各地を回った約9カ月間は「食事どきもトイレに行くときもヒトラーのまま」。人々は小説同様、彼を見て笑い、興味津々で近づいてきた。マスッチは、携帯電話での「ヒトラー」との自撮りに、約2万5千回も応じた。インタビューでは、

「まるでポップスターだった」

 と振り返る。怖がって逃げ出す人、無言でしげしげと眺める人もいたが、ヒトラーとして「政府から手当をもらう失業者をどう思うか?」と問いかけると、「強制的に働かせればいいんだ」という声が飛んだ。「まさに私が1933年に始めたことだ。強制収容所をまた立ち上げるのか?」とたたみかけると、返ってきた反応は「いいね!」。

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