日本は本来、中国政治の内情を知ろうと思えば、米国よりもはるかに精緻な情報が得られる立場にいる。しかし、その立場を自ら忌避しているのではないか。それは日本の外交にとって非常に好ましくない状況だ、と河野氏は考えている。

 前出の我部教授はこう指摘する。

「安倍政権は、国粋主義的な反中国の立場と、米国中心の戦後の世界秩序を受け入れる親米的な立場が併存していて、明確な方向性がないのが特徴です」

 元外務官僚で作家の孫崎享氏も「安倍首相の外交は米国に追随するほか、基本的に何もないと思います」と唱える。
 自民党が担ってきた戦後日本の外交にはかつて、(1)アジア重視(2)西側との協調(3)国連との国際協調──など、多様な選択肢があった。安倍首相は「地球儀を俯瞰する外交」をアピールし、多くの国を歴訪しているが、「結局、中国包囲網を敷くためにカネを配っただけで、目立った外交成果は得られていません」(孫崎氏)。

 こんな外交姿勢を続ける安倍政権は、国内世論の高い支持率を維持している。その理由の一つは、安倍首相を支える保守派グループの対立軸であるはずのリベラル派が「対中政策」で精彩を欠くことだ、と前出の遠藤教授は考えている。

「中国に対する不安はリアルな不安なので、これに正面から向き合わず、中国の脅威や懸念があたかも存在しないかのように平和を唱えるだけでは、世論に対して説得力をもたなくなっているのです」

 それでは、米国に付き従うことで東アジア情勢の安定を図ろうとする政権の姿勢は現実的なのか。遠藤教授はこれにも否定的だ。

「米国と組むことで中国包囲網が築けると考えるのは幻想です。将来も米国一点張りではもちません。中国を含む多国間の協調が不可欠です」

 対米依存を強める鎧の下に、自主外交の野望が見え隠れする。そんな政権のもとで日本は、多極化がますます進む世界を生き残る器量を養うことはできるのだろうか。(編集部・渡辺豪)

AERA 2016年6月27日号

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渡辺豪

渡辺豪

ニュース週刊誌『AERA』記者。毎日新聞、沖縄タイムス記者を経てフリー。著書に『「アメとムチ」の構図~普天間移設の内幕~』(第14回平和・協同ジャーナリスト基金奨励賞)、『波よ鎮まれ~尖閣への視座~』(第13回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞)など。毎日新聞で「沖縄論壇時評」を連載中(2017年~)。沖縄論考サイトOKIRON/オキロンのコア・エディター。沖縄以外のことも幅広く取材・執筆します。

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