浦沢直樹は子どもの頃、手塚治虫を徹底分析していた! (2/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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浦沢直樹は子どもの頃、手塚治虫を徹底分析していた!

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塩見圭AERA#糸井重里
さささっとペンを滑らせ、手塚漫画の「影」を生き生きと説明する浦沢さん。対談は「第20回手塚治虫文化賞」記念イベントとして行われた(5月29日、東京・有楽町朝日ホール、撮影/今村拓馬)

さささっとペンを滑らせ、手塚漫画の「影」を生き生きと説明する浦沢さん。対談は「第20回手塚治虫文化賞」記念イベントとして行われた(5月29日、東京・有楽町朝日ホール、撮影/今村拓馬)

糸井さん(右)は中学生のころ漫画家になりたかったという(撮影/今村拓馬)

糸井さん(右)は中学生のころ漫画家になりたかったという(撮影/今村拓馬)

●手塚漫画に影響受けた

浦沢:小学生のころ、手塚先生の描写を分析していました。「かっこいいー!」って思ったら、そっくりそのままもらっていく。例えば影。

糸井:影によって季節を感じますよね。太陽の位置を。

浦沢:そう。濃ければ濃いほど夏になる。一人の男がどういうふうに地面に立っているのか、その立体空間も出てくる。一生懸命、真似しましたね。

糸井:あ、その視点で浦沢漫画を読んでみたくなった。僕は文章に「ま、」って入れるんです。例えば「今日浦沢さんに会った。ま、前にも会ったことのある人だから」って。これはコピーライターの土屋耕一さんからもらった。「ま、」ひとつで、本気で書いていない文章の感じが出るのが、かっこよくて。

浦沢:なるほど。

糸井:漫画家の方は、目や手の描き方を自分の記号として持っていますが、手塚さんの描く目には変遷があるとか。

浦沢:「ブラック・ジャック」第1回の最初のコマを原画で見ると、目の所に修正の紙が貼ってあり、すかして見ると元は大きな目が描かれていた。あの時手塚先生は、目を小さく描くことで時代とコミットするという挑戦をされていたんだと思う。漫画界の中で、手塚先生ほど絵柄が変わった方はいないんじゃないかな。

糸井:変わることで、「手塚治虫」であり続けたんですね。

(構成/ライター・塩見圭)

AERA 2016年6月20日号


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