●150年間も解けず

 ゼータ関数は、素数などを研究する「数論」だけで意味を持つわけではなかった。数式で表される図形を研究する「代数幾何学」などでも、同様の存在が重要だとわかってきた。リーマン予想とパラレルな主張もなされ、そのいくつかは完全に証明された。

 だから「元祖リーマン予想」も解けないわけはないとされながら、150年が過ぎていった。たとえば、コンピューターを使ってゼータ関数のゼロ点を計算する試みが続いており、すでに数兆個が確認されているが、「完全」にはほど遠かった。

 しかし、20世紀末から21世紀初頭にかけ、様子が変わってきている。

 無限次元を追う「作用素環論」という数学で「非可換幾何学」という新分野を建設してフィールズ賞を受けたフランスの数学者アラン・コンヌが、20世紀末にその知識を使ったリーマン予想への取り組みを始めたのが注目されるようになった。2009年に米国で開かれたシンポジウムでは、「一元体」という新しい数学的対象とそれに基づく数学が非可換幾何学と結びついて、黒川やコンヌらのリーマン予想への「攻略」が始まった。

●夏休みの宿題に?

「リーマン予想は、どう解かれるかで影響が違ってくるでしょうね」

 と黒川は言う。黒川は、リーマン予想の解釈を一新した「深リーマン予想」を提唱し、それを解決する「一元体」に関する数学を「絶対数学」と呼んでいる。それを駆使すれば、リーマンが言っていたゼロ点の「実部」だけでなく、虚数iが関わる「虚部」の全貌がわかるようになり、N番目の素数もわかるかもしれないという。

 ITの世界で重要になっている暗号は、素数やさらにその先の楕円曲線の性質などの研究成果をフルに使っている。リーマン予想が証明されて、素数のルールが厳密にわかれば、これまでの暗号は役に立たなくなってしまうかもしれないし、逆に新しい堅固な暗号が開発される鍵となるかもしれない。

 数学全体への影響も重視されている。素数など数の性質と幾何学を結びつける「数論幾何」を研究する東京大学教授の斎藤毅はこう言う。

「素数全体だけではなくて、それぞれの素数ごとに個性のある数学がありえます。リーマン予想は、そういう世界も開いてくれる」

 2091年、小学生の夏休みの宿題にリーマン予想が出されるようになる……。これは黒川が2000年の夢として描いた「if物語」だが、100年ぐらい後には、リーマン予想は理系大学生の常識になっているだろうか。(文中敬称略) (科学ジャーナリスト・内村直之)
AERA 2016年6月13日号